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神様と共に歩んだ父祖たち その1:アブラハム②

荒野をさまようアブラハム

 「わたしが示す地に行きなさい。」(創世記12・1)その一言で、ハランを出発したアブラハムには希望がありました。神様から“祝福の基となる”という約束を頂いたからです。そうは言っても、年老いた父親を残し、妻と甥のロトを伴い、僕と家畜を引き連れての旅立ちは容易なことではありません。行く先の分からぬ旅です。付き従う者たちにもそれ相当の覚悟が必要だったでしょう。

 アブラハムにとっては、カルデヤのウルでの豊かな生活も、父と共に移り住んだハランの生活も、どこか居心地の悪さがあったに違いありません。ここがわたしの故郷、永遠の住まいだとは思えない、そんな思いを抱いて75年の歳月が流れました。そして、迎えた召命の一日。この空虚感を埋めて余りある神様の呼びかけに、彼の心は躍りました。だから、言われるままに出発したのです。

 しかし、アブラハムの歩む道は苦難に満ちたものでした。神様は何故か召した者を苦痛と困難な環境圏に追い立てるのです。召された者は、約束の地がどこなのか、自分の足で歩いて探し出さなければなりません。荒野をさすらうジプシーのような生活でした。

 アブラハムのこのような生涯を見つめていると、彼のたどった苦労もさることながら、摂理歴史を導いてこられた神様の苦労が偲ばれます。本郷の地を離れてしまった息子アダムを取り戻すために、気も狂わんばかりの父母なる神様のご苦労を思うのです。信頼する僕を敢えて死地に追いやらざるを得なかった親の苦悩を感じるのです。

神様の約束

 ある日、神様は幻のうちにアブラハムに語りかけました。「わたしはこの地をあなたに与えて、これを継がせようと、あなたをカルデヤのウルから導き出した主です」(創世記15・7)と言われる神様は、アブラハムに世継ぎを与え、子孫が満天の星の如く増え広がることを約束されました。

 神様の約束は初めの時よりも次第に具体的になってきました。ヘブロンの町に祭壇を築いて住み始めたアブラハムに、そこが約束の地であると教え、子孫の繁栄をも約束されました。

 すでに老域に入っていたアブラハムには戸惑いの言葉です。財産の管理を託すに足る信頼のおける忠実な僕がいればそれで十分だと思っていたのに、そうではないと言われる神様。想像を超えた神様のみ業は、老いた家庭に実子を与え、二代、三代を経て伝統を築き前進しようというのです。

 この時、神様の約束の成就に責任を持つアブラハムは、それまでに越えて来た、いつくかの試練を思い起こしたでしょう。

 イスラエルの南ネゲブに移った時に飢饉があり、エジプトに寄留しようとした時、エジプト王に妻サラを奪われそうになりながら、そえを越えなければなりませんでした。また、周辺諸部族の争いに巻き込まれて捕虜になった甥ロトを救出するために、武力で闘い奪い返してこなければなりませんでした。これらのことがあって、ようやく神様はアブラハムを中心としたみ旨に本格的に着手することになりました。

三種の供え物

 アブラハムをイスラエル選民の父祖として立たしめるため、神様は「三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山ばとと、家ばとのひなとをわたしの所に連れてきなさい」(創世記15・9)と銘じます。アブラハムはそのことば通り、鳩と羊はペアでそれに雌牛を加えて、蘇生、長成、完成の三時代を象徴する“象徴献祭”を捧げるのです。

 三種類の家畜を祭物とするということは、実際大変な労力を要します。一頭ずつ屠り、二つに裂いて内臓を取り出し、血を流して聖別したものを祭壇に乗せ、火で焼き尽くしてしまわなければなりません。雌牛に始まって、雌やぎと雄羊と順にさばいていくのは、どれほど時間がかかるでしょうか。血の匂いも相当なものです。年齢を重ねたアブラハムがヘトヘトになるほどの重労働だったことでしょう。疲れ果てて注意力も衰え、最後の鳩を割かずに捧げてしまいました。すかさず荒い鳥が死骸を狙って舞い降り、アブラハムはそれを追い払わなければなりませんでした。

 疲れて眠りに落ちたアブラハムに神様の声が響きます。「あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。」(創世記15・13)

 一生懸命に神様のみ言を守って取り組んでいたはずのアブラハムでしたが、本人も気づかないおこないが、神様の摂理を大きく狂わせることになりました。また、その子孫も苦労の道を行かざるを得なくなりました。たとえそうであっても神様がアブラハムと交わした約束はやがて成就することになるのです。

(成和学生会報2012年10月号掲載)

Category: 誌面説教