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Archive for 2月, 2014

充実する奨学制度と、霊性と知性を兼備した成和青年の育成

<成和学生会報2012年12月号掲載>

 真のお母様のご意向により、圓母平愛財団事業が本格的に始動しました。特に、人材育成を目的とする奨学教育事業は、真のお父様の聖和式後、お母様が繰り返し語られる“二世教育の重要性”を目撃する内容と言えます。

山口教区成和学生会

中和文化祭の帰り②<成和学生会報2012年12月号掲載>

 全国の兄弟姉妹の皆さん、お元気様です!!

 山口県は、お父様が最初に入国された地です。三方を海に囲まれていて自然が豊かで、神様の愛をたくさん感じられます。また、歴史的には幕末から明治維新にかけて日本を引っ張っていったリーダーたちがたくさん育ったところでもあります。現在でも内閣総理大臣を最も多く輩出しており、これからの日本を導く志の高い県です。

 山口教区は6つの教会があります。一つひとつの教会で雰囲気が違いますが、どの教会もみんな仲が良くていつも笑顔が溢れています。

 10月8日に行われた中和文化祭では、走れメロスと基元節の内容を合わせた劇を神様にお捧げしました。初めは一人ひとりがバラバラな方向に向かっていましたが、練習を重ねるにつれて会長を中心として一つになっていくことができました。今回は残念ながら賞を頂くことはできませんでしたが、帰りのバスではみんな「楽しかった!」「来年は賞をとれるように頑張りたい!」といった希望的な感想が多かったです。来年は今年以上に一体化した発表ができるようにみんなで精誠を尽くしていきます!

 一つひとつの教会との距離が遠いという事情があり、頻繁に教区全体で集まることはできませんが、Jr.STFメンバーが月に一度おこなっているローカルミーティングで多くの内容を学び、教会で実践しています。より多くの兄弟姉妹を愛していきたいという心情で、電話かけや祈祷もしています。ハロウィンの時、教会の兄弟姉妹の家にお菓子を配りに行くと、教会が嫌だと言っていた子が笑って話してくれたという証もありました。一人でも多くの兄弟姉妹が神様の下に帰ってこられるように、これからも愛する実践をしていきます!

 山口が生み出した偉大な人たち以上に高い志を持ち、神様とお父様の代身としてみ旨を成していけるように頑張ります!!

神様と共に歩んだ父祖たち その1:アブラハム④

Abraham執り成しの祈り

 「主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れられた。」(創世記18・1)契約のしるしを身に帯びて、神様との約束を守って生きるアブラハムの下に、神様はみ使いたちを送りました。

原理講論を読もう♪㉝

sasie②絶対的な神の予定

 前回はキリスト教で語られている“予定説”とは何であるかを簡単に考えてみました。“神の予定”とは人間の努力や実力などを超越して存在する“絶対的”なものであり、救いを受ける間は神の予定で既に定められています。聖書の中にはこうした絶対的な“神の予定”を立証する聖句もあれば、それとは反対に人間の意思と行動を強調する聖句も存在します。そのためキリスト教の中でも“予定説”の見解は分かれており、未だ万人が納得する“神の予定”を説明した人はいません。今月はこの“神の予定”について、原理講論を中心に整理してみようと思います。

 原理講論では、“神の予定”を漠然と人間の人生に限定するのではなく、その範囲を“み旨”、“み旨の成就”、“人間”に分けて考えています。

 まず“み旨に対する予定”から考えてみたいと思います。“み旨”という言葉を皆さんもよく聞いたことがあるかと思います。“み旨”とは言い換えれば“神様の願い”だと言えます。神様はアダムとエバが創造目的を完成し、善なる家庭を築き、それを世界に拡大させることを願われました。しかし、堕落によってその願いは霧散し、神様は“願い”を成就するために堕落した人間を救う復帰摂理を開始されました。つまり“み旨”とは復帰摂理の目的の成就を意味するのです。神様は善なる主体であるため、その創造目的もやはり善であり、復帰摂理の目的も善であり、そして“み旨”もまた善なるものとしてのみ予定できます。逆にいうと、神様は創造目的に反するもの、例えば、人間の堕落や堕落人間の審判、宇宙の滅亡などを予定することはできないのです。

 それでは“み旨”はどの程度に予定されているのでしょうか?100年だけといったように期間限定的に予定されているのではありません。神様は唯一、永遠、普遍なる絶対者であられるため、創造目的も同じように絶対的であり、同じように“み旨に対する予定”も絶対的なのです。アダムとエバが堕落して創造目的を完成できなかったとしても、“み旨に対する予定”が絶対的であるため、神様はその後の中心人物たちを通して復帰摂理をおこない、創造目的を完成しようとされたのです。このように神様の復帰摂理の目的成就という“み旨”は、決して変わらない“神の予定”なのです。

み旨の成就と責任分担

 次に、“み旨成就に対する予定”について考えてみましょう。“み旨の予定”は絶対的なものなので、人間が関与することはできません。しかし、“み旨の成就”には必ず人間の責任分担が必要になります。創造原理で学んだように、人間の完成には“神の責任分担(95%)”の他に“人間の責任分担(5%)”が必要です。同じように“み旨の成就”にも人間の責任分担が必ず必要なのです。エデンの園でアダムとエバが“取って食べてはならない”という戒めを守らなければ完成できなかったのも、その戒めが彼らの責任分担だったからです。このように“み旨成就”のためには人間の責任分担が必須ですが、アダムとエバのように責任分担を果たせるかどうかは、あくまでも人間次第です。そのため“み旨成就に対する予定”は、あくまでも相対的にならざるを得ないのです。

相対的な人間に対する予定

 最後に“人間に対する予定”について考えてみましょう。“み旨に対する予定”は絶対的な神様によるものであるため絶対的なものですが、人間の責任分担が必要となる“み旨の成就に対する予定”は相対的になると整理しました。み旨成就が相対的であるということは、そのキーマンとなる“人間に対する予定”も相対的とならざるを得ません。つまり、中心人物が責任分担を果たせなかった場合は、その中心人物に代わり、異なる中心人物が立てられるのです。

 アダムとエバが堕落した後、新しい中心人物としてアベルとカインが準備されました。カインがアベルを殺害したことによって摂理に失敗すると、ノアの洪水摂理がおこなわれるようになりました。しかし、ノア家庭もハムの不信により摂理に失敗すると、アブラハムが立てられ、新しい摂理が展開されました。このように、“人間に対する予定”は、その責任分担によって左右されるため、相対的なものとなるのです。

 このように“神の予定”とは、“み旨”に対しては絶対的ですが、その“み旨の成就”と“人間(中心人物)”に対しては相対的であるということがわかりました。そのため“み旨”は、成就されるまで時代を経て予定されていくのです。

 しかし“再臨主(メシヤ)”においては代身者という概念が存在しません。“再臨主”はお父様お一人だからです。お父様は“再臨主”としての全ての責任を果たされて聖和されました。しかし、私たちの責任がこの地上にはまだまだたくさん残っています。神様のみ旨が地上で成就される様子を霊界におられるお父様にお見せすることができるよう、私たちも責任分担をしっかりと果たしていきましょう。

(成和学生会報2012年12月号掲載)

心身統一

61ab175c心身統一の訓練を通して

 宗教家の伝統の中で、真の父母様ほど心と体の統一を強調した前例はないでしょう。私自身も自らの霊的訓練過程を通して、心と体が一つにならなければ真の夫婦になれないことを切実に悟るようになりました。もちろん、私自身が完全な境地に至ったと言っているのではありません。完全だと主張する誰もが、実際にはそうではないでしょう。しかし、少なくとも私は、自らに対して厳正であると同時に、より平和で幸福な自分自身になれる方法を見つけました。ですから、私は、皆さんがこのような内的姿勢を持って、心身統一のための訓練をすることを願うのです。人生という戦場で突然受ける驚きと失敗、または克服すべき数多くの難関があるとしても、この訓練を通して皆さんは、いかなる恐れに対しても勝ち抜けるという勇気に満ち溢れるようになるでしょう。

勝敗を分ける“精神”

 ある人は、必要な知識や経験を切磋琢磨しなければならないと言うかもしれませんが、多くの場合、戦争での勝敗を分けるのは“精神”という勇士です。ここでいう精神とは、疑心、恐怖、臆病など、あるいは自信と勇気、大胆さなどで溢れているということではなく、全体的で内的な姿、あり方を意味します。

 古代の東洋に、「大きな力は弱いところから出てくる」という言葉があります。この言葉は、人に温和で親切に、同情することがより大きな力をもたらすという意味です。ここで見られるように、戦士の精神はいつも荒々しいばかりではありません。忍耐し、沈黙できる力を持っているのです。どのような状況でも完全に適応でき、変化できる姿勢を作ることにより、戦士は予測できない環境でも、常に勝利することができるのです。

“最も深い根”

 私は、全世界の統一教会員たちと“心身訓練のための修養”に関する内容を分かち合おうと思うのです。皆さんの内的な指針になることを願っています。真のお父様は、心と体の間の葛藤が、神様とサタンとの争いにおいての“最も深い根”であると語られました。

 経験できないことは完全には信じられませんが、一連の修練過程を通して、皆さんは、心と体の葛藤と、それが誘発する息詰まるような緊張感と不安感を直接体験するでしょう。しかし、それを経験する段階で終わるだけでは、十分ではありません。心と体の統一のための効果的な教育法が、その次の段階として残っています。

 経験の後には、必ず分析が伴わなければならず、その後にこそ、経験は、単純な反復ではない斬新な効果をもたらすことができます。感じて分析し、そして粘り強い訓練を通して、私たちは、み言を成就できるのです。真の父母様が私たちに教えてくださったことを実体化、具体化させることができるのです。ある問題に対して話すばかりでなく、問題を解くための方法を探し出さなければなりません。その根は、分裂した心と体であり、私たちが持つ方法は、心身統一の訓練です。

良心は神様に勝る

 統一教会創立50周年の記念式で、お父様は次のように語られました。

 「皆さん、良心は皆さんの主人です。皆さんの師です。皆さんの父母の代わりです。良心は、皆さんのすべてのことに対して誰よりも先に知っています。皆さんの考えまでも、隅から隅まで知っているのが皆さんの良心です。師より、父母より、神様よりも先に知っています。(中略)父母の代わりに贈ってくれた良心を、無慈悲に蹂躙した肉身ばかりにしがみつき、その肉身の欲望に捕らわれて無為に歳月を過ごして一生の幕を下ろしますか。」(『神の祖国と平和王国は解放と釈放圏の上で』より)

 これが心身統一訓練の正確な本質です。私たちは、良心を覆い隠し、踏みにじっている利己心をきれいに掃除する訓練をしなければなりません。心身統一の訓練を通して、良心が持つ本然の知恵を強化させ、要塞化することができなければなりません。知的な探求とは対照的な良心、または本然の霊感を啓発することにより、堕落していない本性の心と性質を一つに結ぶことができるのです。

 この修練が、個人的には、神様と真の父母様に侍るところに、またその基台の上に各自の家庭、氏族、社会、国家、そして探求的にはこの世界と宇宙、神様にまで役立つことを懇切に願うものです。一生懸命に修行することを!常に、どこでも、もう少し、もう少し、もう少し修行することを!

【天和堂p27~30より編集・抜粋】

(成和学生会報2012年12月号掲載)

み旨を歩む決意

定州の猫頭山で召命を受けられる真のお父様未来に対する覚悟

 賢い人とは、難しい道を通して、未来の希望を抱いて行くことを決定した人であり、愚かな人とは、当面の幸福のために、未来を夢のように捨てる人です。先生も若かった時、そのような考えをしたでしょうか、しなかったでしょうか。青春時代は一度しかないのです。どんな道を選ぶかというのです。賢い人が選ぶべき道を選んだのです。そして、進んでいくにおいて、私が幸福になることのできる道を選ぶのか、国が幸福になることのできる道を選ぶのか、世界が、神様が幸福になることのできる道を選ぶのか。高い次元に比例して、その人格の価値だとか、歴史を支配する人間像が変わるのです。

 今日の皆さん自体が問題なのです。果たして私は、自分自身が明日を約束することができ、あすを保障することができる自らのその立場を決定したか、この問題が何より重要だというのです。今日楽しむことより、未来に希望を打ち立てることができる自らの覚悟と、自らの決意になっているかということが何より重要なのです。

 召命を受けてみ旨の道を行く人が考えなければならないのは、”いつでも精誠を尽くしながらみ旨の目的を尋ねていかなければならない”ということです。いつでも尋ねていくために、努力しなければならないのです。先生自身も、復帰摂理の全体的な問題を中心として行く道は、平坦ではありません。ここには、私自身も考えられないほど、いらだつ立場が多いのです。

 執念が必要なのです。この先生も、やはり執念を持った人なのです。私は永遠のために出発しました。執念を持たなければなりません。それが絶対に必要なのです。それから何かというと、克服が必要です。

出発の動機は神様

 救いの歴史に多くの事情を残しながら、今まで歴史の峠を越えに越えて、解決できないまま、門前まで神様が訪ねてきたというのです。すなわちレバレンド・ムーンが少年の時、神様が門前まで訪ねてきて通告しました。それがレバレンド・ムーンがこのみ旨を知り、出発した時だったのです。

 道を歩いていて、偶然誰かの話を聞いてこの道を出発したのではありません。ある牧師から感動を受けて、このことを始めたのでもありません。誰かに伝道されて、この道を行っているのでもありません。それでは、その動機の出発点はどこですか。それは神様です。

 私がこの道に進む時にも、「神様いますか」と最後まで探し求め、神様がいらっしゃることをはっきり知って出発しました。次には「神様に願いがありますか」と尋ねて、神様に願いがあることを知りました。また、「神様、私が必要ですか」とお尋ねして、私が必要なことを知りました。「それではどれくらい必要ですか」と問い詰めました。

 このように私が一度尋ね求めると、神様は、答えてくださるか、でなければふろしきを包んで他の所に行くか、しなければなりませんでした。

 そして、神様がいるならば、み旨を成就させることのできる冒険をする代表者として、神様が登場しなければならないと考えたのです。

 では、神様を知るには、どの程度まで知らなければならないでしょうか。神様の内情から事情、神様が行かねばならない目的地まで知らなければならないというのです。それで、このような問題を中心として、キリスト教の聖書から、すべての経典を探求してみました

 先生がみすぼらしい立場で、神様を知るようになる経験をし始めたのは数えの16歳の時からでした。それから9年間、先生はいつも全能なる神様、そしてイエス様と共に暮らしました。先生は何回にもわたり、霊界に入ってみました。順次に神様は、驚くべき真理を教えてくださいました。それはあたかも、長い長い暗い夜が過ぎ、朝日が昇るようなものでした。その真理の中で、私は光栄なる新しい文化の曙光を見ることができました。

 ここで教えてあげたことは、全部ふたで覆われていた未知の事実です。今まで人類歴史において覆われていた膨大なふたを全部開けて、それを連結して一つの理論的な体系を作って、それに実際的な事実と真理的な歴史的内容に一致させることができる結論を付けられるようにしたという事実は、驚くべきことなのです。

【真の御父母様の生涯路程1p124~128より編集・抜粋】

 (成和学生会報2012年12月号掲載)

未来のための準備をする成和学生になろう

横山成和学生部長

チャレンジが財産になる

 全国の成和学生の皆さん、こんにちは。今年も各地で中和文化祭がおこなわれました。全国の兄弟姉妹の皆さんにとっても、その教区にしかない様々なストーリーがあったのではないかと思います。今年で第16回目ということですが、私が高校3年生の時に第1回大会が始まりました。その年は全国初の成和学生会LT(Leadership Training)が東京でおこなわれるなど、初物づくしの1年でした。何をするにも最初というのは、チャレンジは多いけれど得るものも多く、失敗も多いけれど、それが財産になります。

 私は高校3年生の時に初めて学生会活動に携わり、そして全国や地区の行事で出会った友人たちからとても良い刺激を受けました。皆さんもよくご存知の本山勝由部長は私の同期です。鮮文大学にいた時にも活動やスポーツをする時など、同じ時間を多く共有しました。良く言えば自由奔放、悪く言えば主管の少ない放置状態のような留学生活で、特別な時間を過ごしました。そして将来のためにいろいろと準備をしました。本山部長は私にとって、本当に良い刺激を与えてくれた兄弟姉妹の中の一人です。彼は普通の人とは少し違いました。鮮文大学でおこなわわれた説教大会の時には19歳で2位をとり、聞く人の心を打ちました。スポーツも万能、勉強もさぼる時間は同じなのに、結果はまるで違いました。もちろん影で努力をしていたからだと思いますが、自分が勝っていると思ったのは歌とお笑いくらいでした。よく本山部長に出会って復興したという話をあちらこちらで聞きます。しかし、私は学生時代に本山部長の両親や兄弟姉妹の話を聞きながら、彼を最も尊敬し、そして、とても驚かされたのです。

未来のリーダー

 教会に対して良くないイメージを持つ人は当時にもいましたし、むしろ多かったと思います。それは世間で教会に対する迫害が激しかったり、今のような教育が青年や学生になされていなかったり、他にも誤解されるようなことも多かった、という理由が挙げられます。私も決して人のことは言えず、教会やみ旨に対してたくさん疑問があったし、葛藤もし、ぶつかってきました。そして自分が納得するまでいろんな人に尋ね求めながら解答を得てきました。

 そのような中で、本山部長は自分の両親を誇り、大好きな家族のことを話してくれました。私はそこにとても魅力を感じ、一時期、部長本人よりも本山家に詳しいと言われたこともあるくらい、いろいろな形で情報収集していました(笑)。この大分から出て来た祝福二世の家族のストーリーは、とてもとても冒険的で、感動的でした。その中でも「自分は一世が好きなんだ」と話してくれたことが、信仰二世である私には本当に印象的でした。将来、彼がリーダーになったら、支えたいと思いました。人一倍苦労しながらも、親や先輩に感謝の気持ちのある人が未来のリーダーになるべきだと感じたからだと思います。

伝統を相続しよう

 未来とは常に新しいものを作りだして開かれますが、その原動力は親や先輩への感謝の思いがベースにないといけません。過去にもし何かしらの誤りがあったとしても、神様や真のご父母様のためにそれを愛で受け止め、真のご父母様の功績を純粋に後輩に伝えていけば、素晴らしい未来を築くことができます。またそういう姿勢を教えてくださっているのが、文亨進世界会長であると思います。今は世界会長から頂くみ言に対して本当に感謝しています。今では二世教育も国際修練会や学習修練会など、様々なシステムができ、15年前と比べて本当に発展したと思います。そして行事が多くなったため忙しくなったと感じる人もいるかもしれませんが、その行事の結果が全てではありません。大切なのはこれからの未来像をアベルや兄弟姉妹たちと共有しながら、具体的にどのように準備をするのかということだと思います。そのために、先輩の良き伝統を相続し、明るい未来を築いていける成和学生部をみなさんと一緒に作っていきたいと思います。

”兄弟姉妹”の関係

 最後に、皆さんにも“親友”と言えるような人がいると思いますが、まわりにいる友人の中で自分と一番気が合う子、それが果たして親友なのだろうか?ということをお聞きしたいです。人間、本気で向き合えばぶつかりもします。何もないというのは、親友ではないという証拠です。互いの考えが違うのは個性を持った人間だから当たり前です。でもお互いが一つの目標に向かって全力で取り組み、時にはぶつかりあうことがあっても、相手のために投入することで、親友、そしてそこから“兄弟姉妹”という関係になっていくのではないかと思います。そのような経験もまた、未来のために必要な準備だと思います。ぜひ、将来自慢できるような兄弟姉妹の関係を多く持ってもらえたらと思います。

(成和学生会報2012年12月号掲載)

首都圏父母FE研修会開催

IMG_1672② 11月10日、新宿教会において“首都圏父母FE研修会”がおこなわれました。首都圏では初めての試みでしたが、父母FE43名が集まり、研修を受けました。“連結”をテーマとしたディスカッションや講義を通して、父母FEの使命は父母圏に対する子女教育ビジョンの啓蒙だということを明確に知ることができました。最後に堀副局長から“天一国40年”と題して、成和学生担当者の備えるべき視点と使命について分かりやすく説明していただき、次世代を担う二世圏への投入に対して希望を持つことのできる時間となりました。

(成和学生会報2012年12月号掲載)