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原理講論を読もう♪㉚

20120824_144541②楽園と天国の違い

 人は死後の世界を、天国や地獄と言った言葉で表現します。宗教を信じる大きな目的の一つも“天国に入る”ことだと言えます。この天国に並び称される死後の世界に“楽園”があります。イエス様が十字架にかけられた時、全ての人がイエス様を愚弄し嘲笑する中、共に十字架にかかりながらもイエスを救世主として証した強盗がいました。イエス様はこの強盗に「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイス(楽園)にいるであろう」(ルカ23・43)と語りかけられました。イエス様と一緒にいる場所のため“天国=楽園”と考えられやすいのですが、原理講論ではこの二つをはっきりと区別しています。天国とは本来、地上で霊人体を完成させた人が死後に生霊体となって定住する場所をいいます。しかしアダムとエバが堕落して以来、生霊体を完成した人は誰一人いませんでした。そのため天国という場所はあっても、そこに入れた人は誰一人いなかったのです。“楽園”とは天国の下の段階の場所で、生命体級 の霊人体を完成した霊人が定住する場所です。イエス様を信じて生命体級を完成したキリスト教徒は死後に“楽園”に行くことになります。それではイエス様はメシヤであられたにもかかわらず、なぜ天国には入れなかったのでしょうか。

 原理講論には載っていませんが、真のお父様はみ言の中で、イエス様が天国には入れなかった理由を「結婚できなかったから」と語っておられます。天国は一人で入るところではなく、夫婦で入る場所のため、救世主であるイエス様であっても、結婚するまでは“楽園”で時を待たなければいけなかったのです。真のお父様は楽園を“天国に入る準備をするための待合室”と表現されています。(天聖経・地上生活と霊界/イエス様と楽園より)

 “楽園”に入る基準は霊人体が生命体として完成することですが、この基準はアダムとエバが堕落した当時の基準と同じ基準です。終末 は堕落前のアダムとエバが神様と一問一答する世界を復帰する時代なので、多くの人が霊通するようになります。そして、その時代に堕落前のアダムとエバの基準、生命体を復帰した人には、かつてアダムとエバが祝福されたように「あなたは主である」という啓示を受けることがあります。こうした啓示を受けると、自らを“再臨主”と勘違いしやすいのですが、これは堕落前のアダムとエバの立場を復帰したという意味から与えられた祝福にすぎません。そのためこういった啓示を受けた人ほど摂理の中心である“本当の再臨主”がどこにおられるのか、そして自分の責任分担が何であるかを見極めることが大事になってきます。

霊人の復活摂理

 これまで説明した通り霊人体は肉身を基盤にしてのみ成長することができます。裏を返せば、肉体が死んでしまった後、霊人体が霊界で独自に成長しようとしても、それは不可能なのです。そのため地上の肉身生活で霊人体を完成できなかった霊人たちは地上の人間に再臨して協助することにより、自分が完成できなかった使命部分を果たし、霊人体を成長させなければいけません。霊人が地上に再臨する目的は、自らの霊人体を成長させるためなのです。

 霊人が地上に再臨する時は、同じ基準の人間に再臨するようになります。律法を順守して霊形体をもつ旧約時代の霊人は、同じように霊形体の基準を持つ地上の人間に再臨し、協助します。協助の結果、地上の人間がみ旨に貢献し、地上の人間の霊人体が霊形体から生命体に成長すれば、協助した霊人も生命体に成長することができるのです。これを長成再臨復活といいます。同じようにイエス様を信じて生命体を持つ新約時代の霊人は、生命体の基準を持つ地上の人間に再臨し、協助します。協助の結果、地上の人間がみ旨に貢献し、地上の人間の霊人体が生命体から生霊体に成長すれば、協助した霊人も生霊体に成長することができるのです。これを完成再臨復活といいます。

 キリスト教以外の宗教を信じていた霊人は、同じ宗教を信じる地上の人間に再臨して協助することになります。また、特定の宗教は持たず良心的に生きた霊人は、同じように宗教を持たない良心的な地上の人間に再臨し協助することになります。最後に、宗教も持たず、良心的な生活もしなかった悪霊人の復活の仕方は二つあります。一つは地上の悪人に直接悪いことをさせて、それを蕩減復帰させる再臨の方法です。もう一つは第三者に再臨して当事者(地上の悪人)に悪いことを行い、その当事者の蕩減条件を立てさせていく方法です。こうした再臨を通して霊人は地上人を協助し、自らの霊人体を成長させているのです。

 若干複雑な説明になりましたが、要点は“霊界にいる霊人は、地上の人間に再臨しないと成長できない。そして霊人は自分と似た者に再臨する”ということです。私たちが毎日立てている精誠や条件、生活の中での善行や努力は、全て私たちの霊人体の成長の糧となります。しかし、それは私たちだけの力で成されるのではなく、私たちの背後に再臨している霊人たちの協助も含めての結果なのです。私たちを支えてくれる善霊人に感謝し、私たちの霊人体を成長させる善霊人も成長できるように頑張っていきましょう。

Category: 誌面説教②