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預言者の道を歩まれたイエス・キリスト その8:ミカ

Micah_prophet預言者の伝統を相続したミカ

 聖書には預言者の名前を冠した預言書があります。イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、ダニエルを4大預言者と呼び、アモス、ホセアからマラキまでを12小預言者と呼ぶことがあります。大小はその価値の優劣を意味するのではなく、預言書の規模の大きさを便宜的に区別しています。

 12小預言者の一人ミカは、南朝ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世に登場した預言者で、イザヤとは同時代の人と思われます。それは、紀元前8世紀後半から紀元前7世紀初頭のことです。

 ミカは、イスラエルと論争される主のことばを記します。主の叱責に対して、「わたしは何をもって主のみ前に行き、高き神を拝すべきか。」(ミカ6・6)と戸惑う民。その民に預言者は明確に伝えます。

 「人よ、彼はさきによい事のなんであるかをあなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。」(ミカ6・8)

 ある学者は、ミカは独創的な預言者ではなかったとしても、預言者の精髄を継承して語ったことに大いに価値があると言います。そして、このメッセージの中に歴代の預言者が語ったエッセンスが込められていると言うのです。それは、アモスの示した正義、ホセアの語った愛、そしてイザヤが伝える聖なる神の前での謙遜です。

 この三つの要素はどれも、神と民との本来の回復を目指したものです。そして、その回復は、犠牲の供え物や難行苦行の類によって成されるのではなく、人の真心をもって成されることを教えます。大切なことは、素直に神様の前に進み出て、真心から神様を愛するようになることが、かつても今も願われているのです。

終りの日の希望

 ミカは終りの日の希望を伝えます。

 「末の日になって、主の家の山はもろもろの山のかしらとして堅く立てられ、もろもろの峰よりも高くあげられ、もろもろの民はこれに流れくる。…律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。」(ミカ4・1-2)

 ミカが抱いた希望は、ダビデのような優れた王の到来でした。終りの日は、最終的な滅びの日ではなく、艱難を経た後の復興の時であり、み言の体現者が現れてこの地を統べ治める時であることを告げます。

 「彼は多くの民の間をさばき、遠い所まで強い国々のために仲裁される。そこで彼らはつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかってつるぎをあげず、再び戦いのことを学ばない。」(ミカ4・3)

 その方の統治によって、イスラエルの栄光が回復され、世界に平和がもたらされると言います。そして、人々は、主の名によって、とこしえに歩むようになるのです。

ベツレヘムに生まれたイエス様

 預言者ミカの時から7世紀の時が流れ、ヘロデ大王の世に、東方の博士たちがエルサレムに訪れました。“ユダヤ人の王”はどこにお生まれになったかと彼らが王に尋ねた時、側近の祭司長、律法学者らは「それはユダヤのベツレヘムです」(マタイ2・5)と答えました。その根拠をミカ預言書の中に見出したからです。

 「ベツレヘム エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。」(ミカ5・2)

 イエス様の受難、死、復活に立ち会い、聖霊によって生まれ変わった弟子たちは、福音書を通して、イエス様こそイスラエルを復興するメシヤ王だと証します。イエス様がベツレヘムでお生まれになったことを見てもそうだというのです。ダビデのような王の到来と王国の復興を願った預言者のメッセージは、イエス様のことを告げていたのだと悟ったのです。

 確かにイエス様はそのような者として来られたお方でした。しかし、イエス様が地上にあっては、文字通り足のなえた者を癒し、人々から打ち捨てられた者たちを集めて神の国の土台を築こうとして歩まれました。

 この間、弟子たちは、「この方こそあなた方が待ち望んでいたメシヤです」と堂々と証したことはなかったし、イエス様も「わたしがそれだ」と自ら明言することはありませんでした。預言者の言葉をよくよく知っているはずの大祭司、律法学者らが、イエス様の言葉に耳を傾けず、却ってイエス様を殺そうとしていたからです。

 その時はまだ、ミカが思い描いたメシヤ王の栄光を現すまでには、時が満ちていなかったのです。堂々と証したとしても、決して殺されることのない堅固な基盤はまだできてはいませんでした。

Category: 誌面説教