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中心体

2012_05_07_D0100二つの世界の主管者

 人間は二つの世界を主管しなければなりません。天上世界の神様と地上世界にいる自分、神様と自分は両方から鋸を引き合う関係です。そうして世の中を裂こうというのです。それは優しいことですか、難しいことですか?鋸の刃がボロボロに欠けるほど困難なことです。一方には統一教会の男性がいて、もう一方には統一教会の女性がいると考えてみてください。皆さん、そのような立場でこの世の中を裂くことができますか?

和動の中心体

 人間は和動の中心体です。しかし、和動するためには絶対的な中心基準が決まらなければなりません。ちょうど、大勢の人がリズムを合わせる際、指揮者を中心に上下関係がしっかりつながらなくてはならないのと同じです。

 この宇宙の和動の中心体が人間だということを、私たちは原理を通して学びました。従って人間は絶対的基準と一致した立場にあるため、その人間が留まるところに宇宙が留まるのであり、存在世界が彼を中心として作用するのです。そして、その作用によって、存在世界に力が生じるのです。

 この宇宙で神様が笑いたくて地に連絡しようとすれば、人間を通さなければならず、地が笑いたくて神様に連絡しようとすれば人間を通さなければならないのです。人間を通さなければならないのです。なぜ宇宙も人間が必要で神様も人間が必要なのか分かりますか?その訳は、人間が回れば神様も回り、人間が回れば宇宙も回るということにあります。人間が回らなければ神様も回らず、行ったり来たりできないのです。そうなっていることを知らなければなりません。

 宇宙の中心は何でしょうか?人間は中心にはなり得ません。宇宙の中心は創造主であられる神様、すなわち絶対的な実体が中心にならなければならないのです。その絶対的な中心の要素と一致した内容を持った存在がその中心に近づくことができます。つまり、その内容と一致する要素を備え、心情的な一致か、事情の一致か、希望の一致か、という問題を中心として、そこに100パーセント一致したらその中心に近い位置に立つのです。

大宇宙の縮小体

 人間は大宇宙の縮小体です。皆さんは小宇宙です。小宇宙。大宇宙とは何でしょうか。大宇宙は被造世界なのです。大宇宙の源泉は力の源泉です。作用の源泉、力の源泉とは何でしょうか。神様です。私たちは大宇宙の前に立った一つの小宇宙であり、大宇宙の絶え間ない力の源泉である神様の力が私たちの心に入ることによって、この大宇宙と釣り合う相対の価値を持っているのです。

 従って人間は宇宙の花だと考えることができます。分かりますか?一本の木に例えると、宇宙という大きな苗木があり、その苗木において人間というものは一つの花だということです。雄しべと雌しべがありますが、原則的調和の作用が展開して種をつくるのと同じく、男性・女性が宇宙の花として咲いて香りを漂わせる時が思春期なのです。

 私たち人間というものは自分一人だけではありません。人間とはいかなる存在でしょうか。人間というものは自分一人ではないのです。宇宙の共通した因縁を総合して結実したとして現れたのが人間ではないですか?このような人間には万物の総合相がすべて入っているのであり、多くの先祖たちの個性すべてが投入されたものなのです。

 金○○さんと言えば、その金○○さん一人ではありません。その人には植物、鉱物、動物、あらゆる万物の形態がすべて入っています。顔も、今は自分の顔のように感じていますが、その顔になるまでには数万年の歴史を経てきたのです。数万年にわたって祖先たちの血を引き継いでそのように生まれたのです。それは奇跡的な実体です。

 それだけでなく、その背後に天の因縁が共にあったがゆえに、その人が残ったのです。天の因縁を中心に見る時、限りなく屈折した因縁を経て今日の自分がつくられたことを知らなければなりません。

【二世の道p54より編集・抜粋】

Category: み言の学校