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心身統一①

修業と日常520_MG_7970-2

 私は毎朝2時30分に起き、心と体のための修養を数時間行うなど、既に修道生活を真剣に行っていました。しかし、一方で私は、当時は3人の子供の父親でもありました。私は時折、深刻に霊的修練を伴う宗教的な生活と、ごく平凡な日常的生活の間で、内的に両立できない大きな差を感じたりすることもありました。私は、葛藤しました、両方とも重要な意味を持ちながらも、正反対に思えるような二つの世界の中で私は生きていました。

 伝統的に、宗教には二つの形態の信徒がいます。一つは、隠遁して瞑想的生活をする信徒であり、もう一つは、家庭を持って生活する信徒でした。ところがこの二つは、相互に排他的な生活をしていて、隠遁した修道者たちの役割は、家庭を持った信仰者たちの役割から離れていました。

 修道士たちは、伝統的に瞑想を重視した生活をしていて、多様で情熱的な霊的教育課程を追求しました。一方、家庭を持つ人は、厳格な宗教生活ができない平凡な人たちと、近くなっていきました。すなわち、独身の修道士たちは、最高水準の宗教的修道の役割を果たすようになったのであり、家庭を持った人たちは、そのような修道士たちに従う平信徒になりました。

 修道士と修道女たちの、結婚をしない禁欲生活と厳格な霊的修練、奉仕による自己犠牲的生活にみられるように、修道の歴史的価値は疑う余地がありません。修道士たちの共同体は、個人的な欲望と平安を捨て、各自の宗教の信仰に対する献身と段階的な修養によって、皆の手本となってきました。また、独身生活の伝統を維持することにより、修道士たちと修道女たちは、家庭を築いて世俗的なことを行う一般の人たちのもてない“余剰エネルギーの資源”をもつようになりました。

 この余剰エネルギーは、歴史を経ていく間に、社会のための奉仕として現れるようになりました。1930年代、アメリカの大恐慌の時には、ニューヨーク地域のカトリック修道女たちが、生活の困難さから捨てられた孤児たちを育て、仏教でも寺院が捨てられた子供たちを育てる場として使われました。最近の一例では、2004年、スマトラ沖地震の津波災害の時に、最初に被害者たちに食べ物と居場所を提供し、慰労した人たちが、正にスリランカの修道僧たちでした。

日常を神聖に生きる

 普通では両立できないように思える修道僧たちの宗教生活と家庭を持つ一般の人たちの生活が、私たちの生活では、完全に融合して一つにならなければなりません。 

 私たちが呼吸をする時、神様からどのように命の息を受けているのかを感じながら、神様と共にしなければなりません。道を歩くときにも“神様と一緒に歩いている”と考え、鳥たちがさえずる声を聞くときは、聞くことができない人たちを思って、“無限の感謝”を感じなければなりません。最も簡単で単純なことから神聖さを確認し、そのような認識を広げていくことこそ、宗教的修行の道になり、これによって私たちは、感謝することと、生きていることの恩恵に対して、畏敬の念であふれるようになるのです。また、最も世俗的で平凡で、いつも反復され、ともすればうんざりするように思えることもある私たちの日常生活、特に家族と共にいるような時間の中に、霊的宗教的な修養の定義をもっと拡大させていかなければなりません。

 真のお父様は、「理想世界では、いかなる理念も宗教も必要ない」と語られました。また「人間は、神様と完全な和合を成し、交感して生きることができる」と語られました。

 心身統一訓練を通して、私たちは、生命を維持させるための一瞬の呼吸に、神聖さと奥深さを経験できます。呼吸や空気という、あまりにも普通で私たちが当然だと思っている“天が下さった贈り物”に対しても、深い感謝の思いを育てることができるのです。このように、奥深い宗教的境地を経験すれば、私たちが家庭と共に時間を過ごすことができるという事実に対して、ただ宗教的なものとだけ考えるのではなく、それが天の与えてくださったどれほどに大きくて偉大な祝福であり賜物であるかを、骨髄にまでしみて感じるようになるのです。

【天和堂p5より編集・抜粋】

Category: み言の学校