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理想家庭

主は愛するものを訓練する4

 家庭とは何でしょうか。お父様は私たちに、「家庭というのは学ぶための学校である」と教えてくださいます。

 家庭ではしつけを受けます。信頼と信仰、喜びと感謝、自己犠牲について学ぶのです。また、どのように責任を果たすか、どのように人を愛するか、いかにして従順であるかについて私たちは学ぶのです。

 なぜ、両親は子供にしつけをするのでしょうか。聖書を見てみると、ヘブル人への手紙第12章6節に“主は愛する者を訓練する”とあります。もし、アダム・エバが、天使長ではなく神様と深く授受作用し、神様と直接的な関係を築いていたならば、たとえ天使長が間違った方向に誘惑したとしても、まっすぐに神様に向かっていき、堕落することはなかったでしょう。ですから、私たちが、神様と真のご父母様を信頼するということがとても大切なのです。子供に「こうしてはいけない」、「ああしてはいけない」としつけをする時、それは子供が立派な人間に育つよう、子供の将来を思って、そう言っているに違いないのです。どの親でも、子供が自分よりよくあってほしいと思うものです。

 私は、髪をとても短く刈っていたことがあります。お父様は、そういう私をご覧になって「私の高校生時代によく似ている」と言われました。そして、私がお父様に似ているので、「あなたは、お父様よりもっと偉大なことをしなければならない」とも言われました。私はそれを聞いた時、そんなことは不可能だと思いました。

 しかし皆さん、世界を見れば、どこにでもそのような親の見方があることを知っているでしょう。

感謝と自己犠牲

 感謝するということは、信仰生活にとってとても重要なことです。もし、感謝がなければ、私たちはすべてを無駄にしてしまいます。

 お父様は、「田舎に住む人たちは善良だ」とよく言われます。彼らは感謝することがとても多いからです。農場で働いていれば、穀物は雨次第で良くも悪くもなるのです。それゆえ、ほんの小さなことにでも感謝するのです。父親が、たとえ小さな一切れのパンを息子にあげたとしても、子供にとっては感謝すべきことです。

 私たちは家庭において、いかに奉仕するかということ、自己中心的ではなく無私になること、いかに自己犠牲を成すかについて学ぶのです。

 子供の時代は蘇生期なので、とても自己中心的です。しかし、それは子供の性格なのです。子供は大きくなるにつれて秩序というものを知るようになり、兄弟のために尽くしたり、人のために尽くすようになります。最終的に完成期になれば、彼らは親になり、自分を犠牲にしても他のために尽くすようになるのです。

家庭で愛について学ぶ

 私たちは、最も強力な力は愛の力だということを知っています。もし家庭において、愛とはどういうものかを学ぶことができなければ、神様の愛がどういうものであるかを知ることができるでしょうか。

 もし、私たちが明確な方向性をもっていなければ、さまざまな誘惑を受け、攻撃されてしまうのです。私たちは世界中で、多くの家庭が崩壊しているのを見ています。そこには、しつけというものがありません。子供たちはもはや、両親を信頼することができず、両親に感謝することができず、自分で何でもできると思っているのです。また、自己を犠牲にして、他のために奉仕することもできません。

 私たちは家庭において、いかに愛するかを学びます。いかにして祖父母を愛し、両親にどのように尽くすか、そして、兄弟姉妹とどのように授受作用をするかについて学ぶのです。

 例えば、皆さんが自分の妻や子供との関係を考えた時、その愛が一時的なものであることを望みますか、それとも永遠のものであることを望みますか。その答えは明らかだと思います。サタンは一時的な愛を使って、自分の支配を続けようと思っています。一方神様は、永遠の愛を私たちに与えようとされます。それは、私たちが永遠に受け継ぐことのできるものです。

 私たちは、よりよい家庭を築くために働かなければなりません。そのような家庭を築くことが、結果的に、よりよい社会を築くことになり、よりよい国家を築くことになるのです。

【祝福家庭1997夏季号より編集・抜粋】

Category: み言の学校