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Archive for 5月, 2012

心身統一①

修業と日常520_MG_7970-2

 私は毎朝2時30分に起き、心と体のための修養を数時間行うなど、既に修道生活を真剣に行っていました。しかし、一方で私は、当時は3人の子供の父親でもありました。私は時折、深刻に霊的修練を伴う宗教的な生活と、ごく平凡な日常的生活の間で、内的に両立できない大きな差を感じたりすることもありました。私は、葛藤しました、両方とも重要な意味を持ちながらも、正反対に思えるような二つの世界の中で私は生きていました。

 伝統的に、宗教には二つの形態の信徒がいます。一つは、隠遁して瞑想的生活をする信徒であり、もう一つは、家庭を持って生活する信徒でした。ところがこの二つは、相互に排他的な生活をしていて、隠遁した修道者たちの役割は、家庭を持った信仰者たちの役割から離れていました。

 修道士たちは、伝統的に瞑想を重視した生活をしていて、多様で情熱的な霊的教育課程を追求しました。一方、家庭を持つ人は、厳格な宗教生活ができない平凡な人たちと、近くなっていきました。すなわち、独身の修道士たちは、最高水準の宗教的修道の役割を果たすようになったのであり、家庭を持った人たちは、そのような修道士たちに従う平信徒になりました。

 修道士と修道女たちの、結婚をしない禁欲生活と厳格な霊的修練、奉仕による自己犠牲的生活にみられるように、修道の歴史的価値は疑う余地がありません。修道士たちの共同体は、個人的な欲望と平安を捨て、各自の宗教の信仰に対する献身と段階的な修養によって、皆の手本となってきました。また、独身生活の伝統を維持することにより、修道士たちと修道女たちは、家庭を築いて世俗的なことを行う一般の人たちのもてない“余剰エネルギーの資源”をもつようになりました。

 この余剰エネルギーは、歴史を経ていく間に、社会のための奉仕として現れるようになりました。1930年代、アメリカの大恐慌の時には、ニューヨーク地域のカトリック修道女たちが、生活の困難さから捨てられた孤児たちを育て、仏教でも寺院が捨てられた子供たちを育てる場として使われました。最近の一例では、2004年、スマトラ沖地震の津波災害の時に、最初に被害者たちに食べ物と居場所を提供し、慰労した人たちが、正にスリランカの修道僧たちでした。

日常を神聖に生きる

 普通では両立できないように思える修道僧たちの宗教生活と家庭を持つ一般の人たちの生活が、私たちの生活では、完全に融合して一つにならなければなりません。 

 私たちが呼吸をする時、神様からどのように命の息を受けているのかを感じながら、神様と共にしなければなりません。道を歩くときにも“神様と一緒に歩いている”と考え、鳥たちがさえずる声を聞くときは、聞くことができない人たちを思って、“無限の感謝”を感じなければなりません。最も簡単で単純なことから神聖さを確認し、そのような認識を広げていくことこそ、宗教的修行の道になり、これによって私たちは、感謝することと、生きていることの恩恵に対して、畏敬の念であふれるようになるのです。また、最も世俗的で平凡で、いつも反復され、ともすればうんざりするように思えることもある私たちの日常生活、特に家族と共にいるような時間の中に、霊的宗教的な修養の定義をもっと拡大させていかなければなりません。

 真のお父様は、「理想世界では、いかなる理念も宗教も必要ない」と語られました。また「人間は、神様と完全な和合を成し、交感して生きることができる」と語られました。

 心身統一訓練を通して、私たちは、生命を維持させるための一瞬の呼吸に、神聖さと奥深さを経験できます。呼吸や空気という、あまりにも普通で私たちが当然だと思っている“天が下さった贈り物”に対しても、深い感謝の思いを育てることができるのです。このように、奥深い宗教的境地を経験すれば、私たちが家庭と共に時間を過ごすことができるという事実に対して、ただ宗教的なものとだけ考えるのではなく、それが天の与えてくださったどれほどに大きくて偉大な祝福であり賜物であるかを、骨髄にまでしみて感じるようになるのです。

【天和堂p5より編集・抜粋】

真の友達

心情を通わせるkorea_0219-2

 ただ顔を知っているだけ、挨拶するだけで過ごした友達の家に行って、自由な感じがしますか?自由ではないのです。友達同士の間でも、互いに確かな心情的つながりがあり、自分は友達の生活を思い通りに侵犯でき、さらに友達はこちらの生活を自由に侵犯できてはじめて自由なのです。このような因縁を結ぶためには、必ず情的に近づかなければなりません。そうなれば、外的な問題はすべて解決するのです。いちばん問題になるのは心情的問題です。

 人々は友達が欲しいという時、涙のある友達を願います。かといって、一日中泣いてメソメソしている、そんな友達が欲しいのではありません。涙のある反面、笑いに満ち溢れた人を願うのです。人はいつでも、しかめ面をしていてはいけないのです。そんな中でも、あふれる喜びを見出せなくてはならないのです。ですから、福を受ける人はどんな人ですか?人が泣くとき、一緒に泣いてあげる人が福を受ける人です。そうなのです。福というのは、永遠に離れたくないところにやってくるものです。

 誰よりも親しく愛される友達になろうと思えば、その人の悲しみと苦痛を知り、その人を支え、慰めてあげなければなりません。そうして初めて、その人の友となり、その人を支配できるのです。心情を通し、愛で因縁を結んだなら、その人が自分の思い通りに動き、自分もその人の思い通りに動くことができるのです。

 10人の友達のために犠牲になる人がいるとすれば、10人を統率できる中心者として誰を立てるべきかという時、10人のために犠牲になる人を中心者に立てようとするのです。中心者として立てる場合だけでなく、その人が自分を完全に犠牲にして、彼らが安心できるようにすれば、自分たちを指導してくださいといって、自分たちの指導者に立てるのです。

友達のために犠牲になる

 皆さんが学校で、10人の中で一番よい友達を選べというとき、10人の心情を知り、10人の事情を知り、10人のために尽くす友達が一人いて、一方、10人全員に自分のために尽くせという友達がいたならどうなるでしょうか。10人全員に対して私に尽くせという人は追い出され、10人全員のために尽くす人は主人になるのです。

 ある人に10人の友達がいるとします。その人が、10人の友達に対して全体に奉仕し、犠牲になり、生命を懸けてために生きる時、その10人の友達は、その人のためだけではなく、自分の親戚とか、自分の友達の前まで連れていって紹介し、誇ろうとします。しかしながら、その反対の立場で、10人の友達に全部自分だけのためにしてくれと言うときには、一人だけでなく全部が離れていってしまうのです。そのようにしていなくなるから滅びるのです。

 真なる友達はどんな友達かというのです。10人の友達がいて、その中で一番の真なる友達は誰か?10人のためにより犠牲になろうという人です。自分の利益を追求せず、10人の利益を自分の利益よりもっと尊重視しながら、1日の生活から1年の生活を通じて、青春時代から老年時代まで友達のために一生をそのように生きるという人が、友達の中の真なる友達にならざるを得ないのです。

 真なる友達とはどんな人か?普通人間たちが願う心と反対の立場で、自分を懐かしがってくれ、自分に接することのできる人です。普通、人やいいものがあると、自分のものと言いますが、いいものがあればその友達のために「これはお前のだ」と言える友達であってこそ真なる友達と言うのです。全部反対です。「おいしいものがあれば、自分が食べる」と言うのが、普通の人の心ですが、「おいしいものは、お前が食べろ」と言える人、世の中の普通の人なら「悲しいものは、おまえのもの、いいものは私のもの」こう言うだろうけれど「悲しいものは、私のもの、いいものは、おまえのもの」と言える人がいい人なのです。

 幸福な人はどのような人か?悲しい時、自分の心を分かってくれる友達を持った人です。幸福な人はどのような人か?苦痛を受ける時「その苦痛を私が代わりに受ける。あなたはその苦痛の場に行くな。私が代わりに行く」と、生命を捨てる覚悟をして立ち上がることのできる、友達や愛する息子や娘を持った人です。その人は、幸福な人です。

【二世の道p181より編集・抜粋】

預言者の道を歩まれたイエス・キリスト その6:エレミヤ②

滅亡の預言「預言者エレミヤ」神が「エルサレムが廃墟になる」という預言を、若者に書き留めさせているアンリ・レーマン1842年

 北イスラエルを滅ぼしたアッシリアを新興の新バビロニア国が滅ぼし、南ユダ国を窺い始めた頃、エレミヤは神様の召命を受けて預言活動を開始しました。彼の預言者としての活動は実に40年近く続きます。

「その時、主の言葉がわたしに臨んだ、『主はこう仰せられる、これと同じように、わたしはユダの高ぶりとエルサレムの大いなる高ぶりを、破るのである。』」(エレミヤ13・8-9)

 彼のことばは南ユダ国の王、祭司、国民にとって厳しく響きました。預言者は、それが口に苦いものであっても、神が語れといわれるので、押しとどめることができません。

 ある時は、陶器を抱えてベンヒンノムの谷に行き、これを砕いて見せながら語ります。「万軍の主はこう仰せられる、陶器師の器をひとたび砕くならば、もはやもとのようにすることはできない。このようにわたしはこの民とこの町とを砕く。」(エレミヤ19・11)

 神のことばに聞き従わず、モーセの時に交わした契約を守らない民の行く末は、奴隷となってバビロンに下り命だけは助かるか、都に留まって戦いと飢饉と疫病のために死ぬかのどちらかしか残されていないと言うのです。

 そして、エレミヤが語ったとおり、遂にネブカドネザル二世がエルサレムに侵攻し、紀元前586年、エルサレムは破壊され、王族や技術者たちがバビロンに連行されたのでした。

虐げられた預言者

 真実のことばを語る預言者を人々は憎みました。エレミヤは投獄され、虐げられ、最後は、混乱の最中にエジプトに連行され消息を断ちました。

 エレミヤは神から召命された預言者であるがゆえに、南ユダ国のために、いかに厳しい内容であろうと、神のことばを語りました。しかし、そのため人々からは顧みられませんでした。神の子として来られたイエス様も、公生涯においてはそのような道を行かざるを得ませんでした。故郷の会堂から追われた時に呟いています。「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである。」(ルカ4・24)

 70年間に及ぶ捕囚の苦悩と解放後の復興の歳月を過ごした後に、ようやく、ユダヤ人たちは預言者エレミヤを誉め称えていいました。

 「異国の民は聖所のある選ばれた町に火を放ち、ちまたは荒れ廃れた。エレミヤが預言したとおりである。人々はエレミヤを虐げた。このエレミヤは、抜き取り、苦しめ、滅ぼすために、しかしまた、建て、植えるためにも、母の胎にいるときから預言者として聖別されていたのである。」(シラ書49・6-7)

新しい契約

 エレミヤの語る預言が現実のものとなって迫り、滅亡の危機に瀕している時に、預言者は未来の希望を語り始めます。

 「主は言われる、見よ、わたしがわが民イスラエルとユダの繁栄を回復する日が来る。主がこれを言われる。わたしは彼らを、その先祖に与えた地に帰らせ、彼らにこれを保たせる」(エレミヤ30・3)

 一定の期間を経るならば、民は許されて捕囚の地から救い出され、神殿は再建されてエルサレムは復興されることを告げます。さらに、ダビデの末から公正と正義をもって国を治める者が現れることをも預言します。

 そして、その時には、神はイスラエル民族と新しい契約を結ぶと約束します。

 「すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。」(エレミヤ31・33)

 それは、かつてモーセに与えた律法のように石に刻んだものでもなく、実行するのが困難なものでもない。人々はみな、教えなくても心の内に神を知る者となるというのです。

 エレミヤが希望のメッセージを遺してから600年近くが経った時、新しい契約の主として来られたのがイエス様でした。

 「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。」(マタイ5・17-18)

 モーセ以来イスラエル民族が遵守してきた律法の核心的教えは“神を愛し、人を愛する”ことでした。その律法の完成者として来られたイエス様でしたから、人々と新しい契約を結ぶことができるはずでした。なぜなら、神のひとり子として来られ、父なる神の愛の相対であったからです。

原理講論を読もう♪㉖

洗礼ヨハネイエスの洗礼

 前号に続いて原理講論第4章『メシヤの降臨とその再臨の目的』について学んでいこうと思います。今回学んでいくポイントは“洗礼ヨハネの使命”と関連させて“なぜイエス様が十字架にかかることを預言した聖句があるのか?”という疑問を解いていこうと思います。

 イエス様の公生涯で最初に出てくる主要人物は洗礼ヨハネです。イエス様と洗礼ヨハネが始めて出会った時、イエス様が全く無名の青年だった反面、洗礼ヨハネはユダヤ教徒の中で注目される若手のリーダーでした。洗礼ヨハネは祭司長ザカリヤと妻エリザベツの家庭に生まれましたが、その誕生エピソードがあります。ザカリヤとエリザベツは非常に信仰に篤く、正しい人でしたが、子供に恵まれず、子供を生むことのできない年齢になっていました。ところがザカリヤが祭司の仕事をするために聖殿の聖所(ユダヤ教で神様がおられると信じる場所。特別な祭司しか入ることが許されていない聖なる場所)に入ると、天使長ガブリエルが現れ、ザカリヤにこう伝えます。

 「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈りが聞き入れられたのだ。あなたの妻エリザベツは男の子を産むだろう。その子をヨハネと名づけなさい・・・彼は主のみまえに大いなる者となり・・・イスラエルの多くの子らを、主なる神に立ち返らせるであろう」(ルカ1・13)

 これ以上嬉しい知らせはありませんが、年老いたザカリヤはガブリエルの言葉を信じることができませんでした。するとガブリエルはヨハネが誕生するまでザカリヤの口をきけなくしてしまいます。そして時が満ちてヨハネが生まれた時、ザカリヤがガブリエルに言われたとおり彼の名前を“ヨハネ”と名づけると、彼は突如口がきけるようになり、神を褒め称えたといいます。このできごとは民衆の驚きと共に、ユダヤ中に広まり、ヨハネは生まれた時から多くの人の注目を浴びる存在となりました。

 ヨハネは天使長ガブリエルの預言通り、神を畏れる者となり、自らを荒野へと導き、修道生活を行いました。修道生活を行っているヨハネを聖書では「らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた」(マタイ3・4)と表現しています。現代からは考えられない服装と食生活をしながら、ヨハネは神の道を歩んでいたのです。荒野で修道生活をしていたヨハネはヨルダン川で人々の罪を洗い流すための洗礼(バプテスマ)を与えるようになります。これが“洗礼ヨハネ”と呼ばれる由来です。人々は我先に洗礼を受けようとヨハネの元に集まりました。民衆はメシヤを待ち望んでいたので、洗礼ヨハネこそもしかしたらメシヤではないかと考えるほどでした。(ルカ3・15)

ヨハネの使命と不信

 そんな民衆の人気が絶頂に達しているとき、イエス様は洗礼ヨハネにヨルダン川で出会います。イエス様が洗礼ヨハネの洗礼を受けようとすると、洗礼ヨハネはこのようにイエス様を証します。

 「わたしは水でおまえたちにバプテスマを授けるが、わたしよりも力のある方が、おいでになる。わたしにはそのくつのひもを解く値うちもない」(ルカ3・16)

「見よ、世の罪を取り除く子羊。『わたしのあとに来るかたは、私よりもすぐれたかたである・・・』とわたしが言ったのは、この人のことである」(ヨハネ1・29)

 洗礼ヨハネはイエス様がメシヤであることがよくわかっていました。洗礼ヨハネは荒野での修道生活を通して、神様が送られたメシヤがイエス様であり、そしてイエス様を民衆にメシヤとして証し、イエス様の一番弟子になって支えていくことが自らの使命であるとわかっていました。だからこそ最初はイエス様をメシヤとして証したのです。そしてイエス様は洗礼ヨハネを指して「もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人(洗礼ヨハネ)こそは、きたるべきエリヤなのである」(マタイ11・14)と表現しています。“エリヤ”とはユダヤ教で有名な預言者の名前です。ユダヤ教にはメシヤが現れる前にエリヤが地上に降臨し、メシヤが地上に来られる準備をすると信じられてきました。そのためユダヤ民族がメシヤを待ち望む心情は、そのままエリヤの降臨を待ち望む心情でもあったわけです。イエス様の弟子がイエス様をメシヤであると主張すると、ユダヤ民族は口を揃えて問い返します。「それではエリヤはどこにいるのか?」と。

 イエス様はメシヤであるご自分を最も近く、最も強く支えてくれる“エリヤ”の役割を洗礼ヨハネに期待していました。もしも洗礼ヨハネがイエス様をメシヤとして支えていたならば、洗礼ヨハネに従っていた多くのユダヤ民族はイエス様をメシヤとして信じ、従ったでしょう。また洗礼ヨハネは祭司長の息子でもありましたので、ユダヤ教指導者にもイエス様を証する道が開けたはずです。しかし洗礼ヨハネはメシヤであるイエス様に従うことができませんでした。聖書には洗礼ヨハネがイエス様を不信する過程は載っていません。洗礼ヨハネは自らがエリヤであることを否定し、イエス様を離れ、それでもメシヤであるイエス様に従うべきかどうか迷っている姿だけが間接的に表現されています。(ヨハネ1・21/マタイ11・3)

 洗礼ヨハネがイエス様を不信したことでユダヤ民族はイエス様に繋がる道を失ってしまいます。こうして洗礼ヨハネを中心とした神様の摂理は失敗に終わり、イエス様はお一人で摂理を再出発しなければいけなくなります。次号ではイエス様と洗礼ヨハネの違い、そして十字架に関する聖句について考えていこうと思います。

東東京教区 東エリア成和学生会

DSCF5417② 全国の成和学生の皆さん、お元気様です!

 私たち東東京教区、東エリア成和学生部は4つの教会から構成されています。江戸川教会、江東教会、葛西教会、そして葛飾教会です。

 礼拝場所は各教会に別れているのですが、ほとんどが午前中もしくは午後の早めの時間に礼拝をおこなうので、礼拝後は集まって一緒に時間を共有することが多くあります。また、3年前に江戸川教会近くのビルの3階を借り、“成和学生会館”という学生専用の空間ができました。学生ならではの元気満タンな、はじける掲示物もここでなら気兼ねなく自由に掲示したり、おしゃべり全開で過ごすことができます。

 また、成和青年部との連携も進めています。昨年4月から毎月1回、青年部の方と成和学生全体が一緒に礼拝を行っています。昼食は青年部が用意してくださるカレーを一緒に頂きながら、青年部の活動紹介や演劇に笑いながら見入ったり、中高生からも成和学生部の活動を紹介するなど、共有しあっています。また、青年部では月末の礼拝が賛美礼拝となっていますがここに高校生が参加します。

 そして毎週水曜日の18:00からは青年部のホームにてチャート式原理講義を受講、その後は青年部の兄・姉と一緒に夕ご飯を食べながらコミュニケーションをとる時間を過ごします。

 ここに参加した学生は講義で霊の糧を、夕食で肉の糧を頂いて復興しています。このような連携と交流の土台もあって、卒業生たちは青年部に自然な形でつながっています。

 近年は中和文化祭や合唱コンクールも全国大会への出場や金賞を頂くレベルに上がってきました。これらは毎年の年間行事を経て培った心情面の成長とともに、各種修練会などの訓練を受け、学生たちが“二世としての成長”を1年ごとに積み重ねながら、かつ、少しづつではありますが次の世代にもつながり実って来ていることとして感じています。

私たちの血筋

菊池成和学生部長

日本一のホラ吹き男

 全国の成和学生の皆さん、こんにちは。基元節を目の前にした最後のこの一年、それぞれの教会で兄弟姉妹一丸となって盛り上がっていきましょう。

 ところで、皆さんは“日本一のホラ吹き男”という古い映画をご存知ですか。・・・おそらく誰も知らないですね。昔の映画を取り上げてすみません。しかも、中高生の皆さんが観ても面白いものかどうかはわかりません。そのような古い映画ですが、私はこの映画がとても印象に残っています。

 この映画に出てくる主人公は、大企業で出世をすると大口を叩き、皆にホラ吹き呼ばわりされます。それができるとは誰も信じません、失敗を繰り返す度に周りは「そら見ろ。」と言い放ちます。しかし、彼には確信がありました。どんなに道が閉ざされても“できる”と信じ続けます。巧妙な戦略と惜しみ無い努力を注ぎ、着実に成功を積み重ね、最後は見事に有言実行してみせます。バカにしていた人たちも皆、彼を称えます。彼は初めから、未来に成功する自分自身の姿が見えていたのです。目の前の現実がどうであれ、初めに描いたそのビジョンを彼は決して見失うことはありませんでした。

 あくまでこの映画はフィクションであり、できすぎたストーリーですが、この映画にとても感銘を受けました。彼の、未来が既に約束されたかのような、確信に満ち溢れた姿に、ある面“信仰”というものの力を見ました。

 この映画の主人公は、なぜ周りに笑われても、道が閉ざされても、まだ見ぬ未来を信じ続けることができたのか。彼のそのみなぎる確信の根拠はなんだったのか。主人公の彼は、あるとき偶然に先祖の自叙伝を見つけます。そして自分にはその昔、“大ホラ吹き”と呼ばれていた先祖がいたことがわかります。その先祖はただの一浪人でした。しかし、いつか必ず大名になるというホラを吹き、バカにされます。しかし、次第にその実力が認められてゆき、やがて本当に2万石の大名になり、汚名を返上します。そしてその先祖は“ホラにしてホラにあらず”という言葉を子孫に残しました。

 この自叙伝との出会いが彼を変えました。俺にはこんな先祖様がいたのか、と衝撃をうけた主人公は、その時に大きな人生設計を立てます。先祖のそのような血筋が流れている自分にも、同じようにそれができると確信したのです。そして、道が閉ざされる度に、先人の知恵を借り、道を切り開きました。

血筋からくる自負心

 これを私たちに置き換えるとどうでしょうか。成和学生である私たちの目標や使命はとても大きく、自分には無理だ、自分には関係ないと思う人もいると思います。もし、本気で日本を変える!と叫んでみても、多くの人はそれを信じてくれません。

 確かにそうです。今の自分自身の姿を見ると、理想が大きければ大きいほど、ホラ吹きだとバカにされても当然です。しかし、私たちが成和学生として神様のみ旨を成す!と語るとき、それは決してホラ吹きなんかではありません。必ず成せる!と信じるその根拠はどこにあるのでしょうか。

 先ほどの映画の主人公は、周りのすべての人に笑われ、道が閉ざされても、初めに描いたビジョンを決して見失いませんでした。自分の先祖も同じように紆余曲折の道を経て、しかし最後は有言実行してみせたというその血筋に、自負心を持っていたからです。

真のご父母様の霊的な血筋

 それでは、私たちの血筋はどうでしょうか。誰から受け継いだものでしょうか。そうです。まさに真のご父母様であり、真の神様です。

 私たちのルーツとなる方の自叙伝は既に300万部以上も世に出回っていますが、それには名もない田舎の少年が、イエス様の召命を受け、独りで人類救済のために立ち上がり、世界から迫害と中傷を浴びながらも、人類の真の父母、万王の王として立たれていく勝利の足跡が、まざまざと描かれています。私たちは紛れもなく、“天宙一の勝利者”真のご父母様の霊的な血筋を受け継いでいるのです。私たちはこの血筋に、未来に対する勝利の確信、不可能はないという自負心を見出すことができるのではないでしょうか。

 “天一国創建”この言葉は“ホラにしてホラにあらず”です。今現在の自身の姿がこの言葉とあまりにかけ離れていても、これから先、目の前の道が閉ざされてしまったとしても、お父様が勝利の記録として残して下さった“み言”に答えを見つけ、天一国創建の道を切り開いていきましょう。私たちの血筋には、どんな逆境にも負けないお父様の不屈の精神が流れているはずです。

 私たちはホラ吹きだと笑われてもおかしくないほど、大きな目標を掲げていますが、必ず有言実行者となれます。勝利された真のご父母様の足跡を辿り、栄光の未来に一歩一歩前進して参りましょう。

成和学生大会開催!

IMG_2370 新年度最初の全国行事である成和学生大会の第1号が4月21日、北千葉・茨城教区合同で行われました。

 今月は全国各地で各週末やゴールデンウィークを利用して、成和学生大会が行われます。スポーツや各種講義など、教区によって取り組みは様々ですが、兄弟姉妹文化を体験する大きなイベントです。特に中1の皆さんはぜひ、参加してみてください!

希望の実体となろう!成和学生

 新年度を迎えたこの時期に、成和学生会の目標と使命を自覚するための成和学生大会が、全国各地でおこなわれています。成和学生大会は心情文化活動の一環として、“為に生きる”心情を出発点とし、学生たち一人ひとりの人格形成と、心情文化共同体を構築することに目的を置きます。また、普段通教の難しい兄弟姉妹や、新入生も含めた新しい兄弟姉妹との交流を深める絶好の機会です。

 今年で10回目を迎える成和学生大会のスローガンは“希望の実体となろう!成和学生”です。真のお母様ご来日の際に視聴した皇帝ペンギンの映像にもあったように、私たちは神様の子女としての深遠なる創造の理想の込められた希望の実体です。同時に、その理想の実体となるための成長期間を必要とし、周囲の兄弟姉妹も巻き込んで彼らに神様の理想を伝える希望の実体となる使命があります。スローガンにはこのような二つの大きな意味が込められていて、①神様の希望の実体であることの自覚、②周囲の希望の実体となることへの挑戦を促します。神様や相対、そして創造理想を中心として考える“他体自覚”を学び、真のご父母様の伝統を相続した真の愛の実体となっていきましょう。

学生たちを教育するポイント
 他体自覚による、神様を主体とした対象各位の自覚
  ⇒神様の希望の実体である(神様の子女)
 他体自覚による、相手を対象とした主体各位の自覚
  ⇒周囲の希望の実体となる(真のアベル)

他体自覚には次の4つの要素があります。
 1.神様を中心とした考え
 2.相対を中心とした考え
 3.より大きな目的(創造理想)を中心とした考え
 4.無体自覚(“私”という意識がない状態)

  <自体自覚の例>            <他体自覚の例>
私には才能がない…           ⇒ 神様から見る私の才能は何だろう?
友達はなぜ私に冷たいのだろう? ⇒ 私が友達にできることは何だろう?
私にだけこんな試練ばかり…    ⇒ 試練は試練であり、神様の願いがある!
私が、私こそ、私なら、私ばかり… ⇒ 神様が、あなたなら、神様の願いからすると…

 既に成和学生大会を終えた地区・教区も多いですが、春先は1年を決定する重要な時期ですので、様々な活動の中で、“他体自覚”や“希望”をキーワードとした教育をお願い致します。