Subscribe via RSS Feed

預言者の道を歩まれたイエス・キリスト その3:エリシャ①

 

主の昇天

 イエス様は、復活されてからの40日間、たびたび弟子たちに現れて教えを述べました。尊い主を裏切り、十字架に追いやった弟子たちでしたが、一人ひとりをゆるし、励まし、もう一度使命に立ち返らせていきます。イスカリオテのユダを除く11名の弟子たちは、イエス様の愛によって、その御許に戻りました。天にあげられる日を迎えたイエス様は、オリーブ山上でこう告げます。

 「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」(使徒行伝1・4-5)

 聖霊が降るその時には、弟子たちは力を得て全世界の証人となる、とイエス様は語り、「彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった」(使徒行伝1・9)と聖書は伝えます。

 神のひとり子であるイエス様は、み旨を完成するために来られました。33年の生涯を通じて、神様の理想である真の家庭を立て、神様と人類が親子として幸福に生きることのできる世界を創建することのみを目指して歩まれました。しかし、誰一人イエス様のことを理解する者がいませんでした。それゆえ、み旨を完成、完結できないまま地上を離れる時には、地上に身代わりしてみ旨を継続する人を求めたのです。

 それがペテロであり、十二使徒たちでした。彼らは、聖霊によって生まれ変わってからは、惨めな裏切り者として生きるのではなく、イエス様の証人として生涯を捧げるのでした。

使命の継承

 イエス様と使徒たちの歩みは、旧約の預言者たちの歩みと重なります。一人の預言者が使命を完結できないときには、後継者を選び使命を継承しながらみ旨は前進するのです。

 かつてアハブ王がイスラエル王国を治めていたとき、神様はその国の行く末を憂いて預言者エリヤを召命しました。そのエリヤが、使命を果たすのが困難になると、後継者にエリシャを選ぶよう神様はエリヤに命じます。

 ホレブの山に難を逃れたエリヤが“神の声”を聞いた後、山を降りて後継者としたエリシャは、その後、数年間エリヤの傍に仕えて行動を共にしています。

 神から選ばれた人といえども、後継指名後、直ちに願われている使命を果たせるとは限りません。エリシャは、エリヤに仕える間、エリヤのことばに熱心に耳を傾け、行いに注目し、彼の動機、発想、そして心情を学びとっていこうとしたのではないでしょうか。師と共に生活することを通して、師のすべてを相続していこうとするのです。

 たとえば、かつて律法を神様から授かったモーセは、律法の権威として民の前に立ちました。その後継者として後の律法学者から崇められる人物がヨシュアです。なぜなら、彼こそ、いかなる時にもモーセのそばを離れず、生活を共にしながら、モーセの神様に対する姿勢と民に対する思いを肌身に感じながら受け止めてきたからです。

 さて、いよいよエリヤが地上を離れようとするとき、エリシャは、「どうぞ、あなたの霊の二つの分をわたしに継がせてください」(列王紀下2・9)と願いました。それが叶い、エリシャは多くの奇跡をもって、神様の存在を人々に知らせ、創造主にしてイスラエルの救い主である唯一の神様に立ち返るよう呼びかけていくことになります。

後継者エリシャ

 「誉れ高き人々をたたえよう、我々の歴代の先祖たちを」(シラ書44・1)  と記すシラ書は、預言者エリシャの人生とイスラエル民族の行く末を次のように要約して、記憶に留めています。

 「エリヤが旋風の中に姿を隠したとき、エリシャはエリヤの霊に満たされた。彼は生涯、どんな支配者にも動ずることなく、だれからも力で抑えつけられることはなかった。彼にとって手に余ることは何もなく、死後もその体は預言の力を失わなかった。彼は生きている間、不思議な業を行い、死後もなお驚くべき業を行った。これらすべてにもかかわらず、民は悔い改めず、罪から離れることはなかった。彼らはついに祖国から連れ去られ、地の至るところに散らされた。後に残されたのは、少数の民とダビデの家の支配者だけであった。中には、神の御旨を行う者もいたが、罪に罪を重ねた者もいた。」(シラ書48・12-15)

 イエス様においても、モーセにとってのヨシュア、エリヤにとってのエリシャのような人物が必要でした。メシヤとしての権能を現すためには、預言者の如くに歩まれ、地上を離れる前に後継者を立ててでも土台を築く必要に迫られていたのです。

Category: 誌面説教