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夢と計画

大きな夢を持て16

 青少年ならば、青少年の夢があるのです。希望があるのです。私たちの夢は、右手で神様をつかみ、左手で世界をつかんで生きていくことです。それは素晴らしいことです。

 若い人たちが夢を持つのに、人間だけの夢を持ってはいけません。人間は移り変わってゆくものです。思想を通じて移り変わっていくようになっているのです。

 皆さんは、大きな夢を持たなくてはなりません。現実は困難ですが、未来への夢を持って、現実を未来のことと思って生きている人は、天の人になれます。神様が記憶する人になるということを知らなければなりません。これは今だけで終わるものではなく、未来に通じる喜びだということを知るべきです。

 では、楽な仕事をしながら、将来を夢見るのですか、困難で複雑な仕事をしながら将来を夢見るのですか?どちらが価値がありますか?結果がよく、もっと幸福なのです。そういう人たちは、さぼったりするでしょうか?粘り強く10年でも20年でも行くでしょうか?上がったり下がったり、気まぐれにいくでしょうか?

自分の適性を早期発見せよ

 最も恐ろしいのは何ですか?好きですることです。神様も、好きでするところには占領されてしまうのです。聖書を見れば、“常に喜びなさい”という聖句がありますが、全てそれについて語った言葉なのです。神様を占領したいでしょう?

 世界的に有名な人になるにはどうしたらいいでしょうか?自分は世界的に有名になるのだと、決めつけておいて欲を張るような人は、絶対にそうなれません。福を受けることができません。一つの責任を持ったならば、幼いころから好きでするのです。夜も、昼も…。10代、20代、30代、50代、一生の間、ひたすら好きでやり続けた人は、時間をそれだけ投入したから成功するというのです。そのようになれば、すべてのことが成されるのです。

 それゆえ皆さんは、幼いときから自分が好きなことを早く選択して、一生の間、それを好きで努力し続ければ、世界的人物になれるということです。それで文先生は今日まで統一教会の責任者となり、創始者となったのは何でしょうか?神様のみ旨、神様の心情においては、誰よりもそれを愛し、幼いころから今に至るまで、荒波にもまれようが死の峠を越えようが、変わることなく愛しながら進んでみると、今日の文先生となっていたのです。ほかには何もありません。倒れて疲れて、困難で、こんなことは夢にも考えられませんでした。死ぬことがあっても、考える余裕がなかったのです。ですから、働けば休みなく発展するのですね。それゆえ、「先生は鉄筋みたいな男だ」こんな言葉をよく聞きました。これは皆間違っています。私は、手を付けた仕事は本当に喜んでやるのです。誰よりも好きでやるのです。それが先立つだけであって、他のことはありません。

 それゆえ、先生が何かするのを見れば、そのために生まれてきた人のように、他のことはすべて…。農村で何か始めるにしても、そのために生まれてきた人のようにやるのです。ですから、若い人たちも、私にはかないません。精神姿勢がこうですから、かなわないのです。理論的に先を行っています。仕事をするとき、「早く終わって帰ろう」こうではありません。「ああ、終わらなければいいのに」と喜びながら仕事すれば、疲れるでしょうか?

 もう皆さんは成功の秘訣が分かりましたね。新しい分野が分かったのです。皆さんの顔を見れば、喜んでいる顔なのか、仕方なしにやる顔なのか、直ちにわかります。喜んでしたことは、どんなことでも忘れません。

計画を立てよ

 自分の一生は一度しかありません。何となく出発して、行き当たりばったり式に、どうにかこうにか生きるようになっていません。計画を立てなければなりません。

 青少年期は、人生において最も貴い時代です。目的を立てる決心ができるのが、この時代です。それゆえ、青少年期は、人生の分岐点です。それで18歳を前後として一生の計画を立てなくてはなりません。

 この時期は、人生における交差路のような時期です。この交差路でしっかりと悟って、どのように行くのかが重要です。もっとも重要なことは、少年期、壮年期、老年期を一貫して無難に行くことができるのか、ということです。

【二世の道 p118~121より抜粋・編集】

Category: み言の学校