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原理講論を読もう♪⑱

 

全てを知っていた神様picture

 前回では人間始祖のアダムとエバがどのような経緯で堕落したのかを学びました。聖書の中では非常に簡潔に表現されている堕落行為ですが、実際には長い時間を通して、自己の欲望だけを実現させようとした結果だということがわかりました。それではこの堕落行為が進行している間、神様は何をしていたのでしょうか。力づくでエバと天使長の仲を裂こうとはしなかったのでしょうか、もしくはアダムが堕落したエバに近づかないよう忠告しなかったのでしょうか。聖書の中で神様は堕落したアダムに問いかけます。

「食べるなと命じておいた木から、あなたは取って食べたのか…食べるなとわたしが命じた木から取って食べたので地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る…」(創3・11~3・19)

 神はアダムとエバに問いかけ、叱責はしますが、どこにも堕落行為を止めようとした形跡はありません。結論的に言うと、神様はアダムとエバの堕落行為についてよく分かっていました。しかし神様は堕落行為を防ぐためにアダムにも、エバにも、そして天使長にも直接的に手を下しませんでした。全知全能な神様にも関わらず、堕落行為について何もできなかったのでしょうか。そうではなく神様は堕落行為に干渉したくとも干渉できない理由があったのです。

堕落行為に干渉しなかった理由

 原理講論では神様が堕落行為に干渉しなかった理由を三つに分けています。

①創造原理の絶対性と完全無欠性のために (原理講論 P129~130)

 創造原理で学びましたが、人間が完成するまでの期間を成長期間と呼びます。成長期間は人間が自らの責任分担で人格を完成させていかなければいけません。この期間は親である神様といえども人間の行動に干渉することができず、人間の行動の結果のみを主管することができます。アダムとエバが堕落したのは、この成長期間のできごとだったため、神様は人間の行動に干渉することができなかったのです。もしも神様が堕落行為に干渉すると、この創造原理に反することになり、創造原理に例外を作り出す結果になります。そのため神様は創造原理の絶対性と完全無欠性を守るために、人間の堕落行為に干渉されなかったのです。
神様が全知全能であれば、創造原理自体を変えることができるのではないかと考えることもできます。しかし例えばサッカーという競技を考え出した人がいるとしましょう。その人はサッカーのルールや競技内容を考える段階では創造主の立場でサッカーを創ることができます。しかしサッカーというスポーツをこの世に送り出した後は、誰よりもそのルールに従わなければいけなくなります。競技中に自分のチームが不利になったからといって勝手にルールを変更するようなことは絶対にできません。このように神様も自らが決めた創造原理を勝手に曲げたり、それに反する行動を取ることはできなかったのでした。

②神のみ創造主であらせられるために (原理講論 P130)

 神様はご自身が創造された原理的な存在と行動のみ干渉します。なぜかというと神様が干渉されるものにはそれだけで創造の価値が賦与されるためです。創造の価値が賦与されるということは、個性真理体として永遠にその存在を被造世界で認めることになります。言い返せば、もしも神様が堕落行為に干渉すると、それは創造の価値を賦与することを意味し、その行為の原因となったサタンと共に永遠にその存在自体を認めることになります。するとサタンは堕落行為の創造主の立場に立つことになります。神様はサタンを第二の創造主として認めるわけにはいかなかったため、堕落行為に干渉することができなかったのです。

③人間を万物の主管位に立たせるために (原理講論 P131)

 神様は人間を創造されたときに“万物を主管するよう”に祝福しました。人間は成長期間を自らの責任で完成することで、万物を主管する資格を得ることができるようになっていました。これは神様が人間を主管するように、人間が万物を主管するように創造されたからです。万物には与えられていない責任分担を果たすことで人間は万物の主管位に立つことができるはずでした。しかし人間は堕落することで万物の主管位に立つことができなくなりました。もしも神様が人間の堕落行為に干渉してしまうと、創造原理に反することになるため永遠に人間を万物の主管位に立たせることができなくなります。神様はたとえ時間がかかったとしても、復帰摂理を通して人間を万物の主管位に立たせることを選択されたのです。
こうした理由から神様は人間の堕落行為に干渉することができませんでした。しかし干渉できなかった理由があったからといって、神様はその堕落行為を見て見ぬ振りをしていたわけではありませんでした。むしろアダムとエバの一挙手一投足に関心を寄せ、目が離せなかったはずです。心臓がしめつけられるような気持ちでその経緯を見守り、血を吐くような思いで「取って食べてはいけない」という切実なメッセージを送り続けていたはずです。できることならば宇宙すべてをなくしてしまいたいほどの悲しみをもってアダムとエバの堕落を見つめていた神様でした。(天聖経/罪と蕩減復帰より)もしもアダムとエバが少しでも神様の願いと心情を考えることができれば、堕落を防ぐことができたかもしれません。私たちは二度と神様に悲しい思いをさせることのないよう親の願いを知り、それを実現できるように信仰生活を守っていきましょう。

Category: 誌面説教②