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原理講論を読もう♪⑯

 

堕落の動機と経路

 前回はエバを誘惑した蛇の正体が天使長ルーシェルであるということについて考えてみました。それでは天使として創造された天使長と神様の娘として創造されたエバがどのようにして堕落行為に至ってしまったのでしょうか?また堕落したエバはアダムを誘惑してアダムをも堕落させてしまいますが、どうしてエバはアダムを誘惑してしまったのでしょうか。今回はエバとアダムのそれぞれの堕落の動機と経路について考えてみようと思います。

愛の減少感

 神様は創造を始められるとき、最初に天使を創造されました。天使は神様の賛美者としての役割をもっていましたので、神様の元で創造の初期から人間が創られるまで一部始終を全て共にしました。神様は全知全能な存在ではありますが、授受作用を通して力を受ける存在でもあります。時には宇宙創造にエネルギーを使い果たしてしまったこともあったかもしれませんし、アイディアにつまることもあったかもしれません。そんな時、賛美と奨励で神様に力を与えたのが天使の存在でした。天使は創造において大切な役割を果たし、神様から愛を受ける存在でもありました。万物の中で最も神様からい愛された存在だと言っても過言ではないでしょう。その中でも天使長ルーシェルは天使の中心的存在として神様に愛される存在でした。いや、愛されるという表現では足りないくらい愛されていました。

 原理講論には「ルーシェルは天使世界の愛の基となり、神の愛を独占するかのような位置にいた」(P108)と表現されています。愛の基とは神様の愛を他の天使に伝える存在であったことを意味します。さらに真の愛そのものであられる神様の愛をほとんど独占するような形で受けるということは、どれだけ甘美で絶対的な特権意識を生んだか想像に難くありません。簡単に表現するならば、天使長ルーシェルは向かうところ敵なし、そのうえ有頂天の絶頂のような状態でした。ところが神様がアダムとエバを創造した瞬間、天使長ルーシェルは自分の立場が変わったことに気がつきます。神様は天使よりもアダムとエバをより大きな愛で愛しました。それはアダムとエバが他ならぬ神様の最愛の息子、娘だったからです。神様が天使長ルーシェルを愛さなくなったわけではありませんでした。しかし天使長ルーシェルはこれまで受けてきた愛では満足できなくなってしまいました。自分よりも更に大きな愛を受けている存在が目の前にいるからです。天使長ルーシェルは以前の天使世界で神様の愛を独占していた位置でなければ我慢ならなかったのです。この“愛の減少感”が天使長ルーシェルを堕落行為に誘う原因となりました。

天使長ルーシェルの誘惑

 一方、アダムとエバは神様に創造されエデンの園で育ちました。聖書を見ると神様はアダムに万物の名付け親になる役割を与えています(創2・20)アダムは夢中で野原を駆け巡り、山に登り、川を泳ぎ、動物と戯れながら名前を付けていったに違いありません。自然を知り、万物を誰よりも愛さなければ、その名付け親になるのは難しいからです。そんな腕白に輪をかけたようなアダムにエバのことを気にかけてあげるなど無理なことでした。エバは唯一の人間であるアダムに相手にしてほしいと思うものの15,16歳の思春期を迎え、お互いの関心事は違ってくるばかりでした。(御言葉選集191巻参照)

 天使長ルーシェルは一人でいることの多くなったエバを見守り続けていました。神様から最も愛されている存在であるエバは、天使長ルーシェルの目にとても美しく映りました。エバを所有することができれば神様の愛を独占する位置に立てるかもしれない、天使長ルーシェルはこのように過分なる欲望を抑えきれずエバに近づいて行きました。ルーシェルはエバと少しずつ打ち解けて行きました。エバが自分のことを信じ、好きになってくれるまで何度も何度も言葉をかけ続けました。そしてエバが自分に引かれているということを実感した瞬間、ルーシェルはいても立ってもいられなくなり、エバを誘惑します。

 「(善悪を知る木の果を食べても)あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べるとあなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」(創3・4)

 エバは半信半疑でしたが、堕落行為が“食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましく”見えました。ルーシェルの誘惑で神様のみ言がわからなくなってしまったエバは天使長ルーシェルとの堕落行為に至ってしまいます。天使長ルーシェルによってエバが純潔を失う、これが神様と人類の悲劇の始まりでした。

Category: 誌面説教②