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人生の目的

本然の目的1_7

 先生は全生涯を捧げて修道の道を歩んできた人です。さらに、宇宙の根本と神様の実存という問題を巡って誰よりも悩んだ人です。

 血と涙のにじむ修道の過程を通して、先生は生きた神様の実存をはっきりと知りました。生きた神様と直接対面する体験までするに至りました。そして、宇宙の根本である神様との平和を得ずして、この地球上で真の平和を論ずることはできないと悟ったのです。

 神様は宇宙の第一原因であり、森羅万象の創造主です。そして私たちの愛する父です。神様は特別なみ旨を成すために万物を創造され、その目的はまさしく愛の具現にあります。神様は真の愛の根源ですが、いくら全能の神様でも、一人では決して愛の喜びを感じることはできません。神様は愛の対象が必要であり、その対象から自発的な愛が帰ってくることを願いました。その対象として最高の被造物がまさに人間です。そのような理由で、人間の人生には目的があるのです。人生の目的は成熟して神様と永遠に真の愛の関係を実現することにあります。まさにこれが神様と人間の間に平和を成す根本原理なのです。

 私たち個人はもちろん、地上に生きている数多くの人間たちの中に善を望まない人はいないことを私たちはよく知っています。これまで歴史の方向も善を志向してきましたし、教育者や信仰者たちも善の基準を立てるために努力して闘ってきたことをよく知っています。ですから、生まれるのも善のために生まれ、死ぬのも善のために死ななくてはならないのが人生の目的です。人生の目的のみならず、人間が歩んできた歴史の目的であることを私たちは否定することができないのです。

 自分たちが豊かに暮らすことも大切ですし、自分たちが何かをすることも大切ですが、それより先縦的な真の父母の前に孝の道理を尽くさなければならないのです。縦的な天の父母の前に忠の道理を尽くさなければならないのです。縦的な天の父母の前に聖人以上の道理を尽くさなければならないのです。それが、人間が生まれた本来の目的です。また、そのような人間と出会うために、神様は人間をつくったのです。そういう目的があるのです。

 真の人生を生きる道はどこにありますか?人間はどこから生まれましたか?愛から生まれましたが、人生はどんな道を行かなければなりませんか?愛の道を行かなければなりませんが、どのように死ななければなりませんか?愛のために死ななければならないという結論になります。その愛はどんな愛ですか?大宇宙が歓迎できる愛です。神様が認め、天使世界が認め、万物が認め、全ての人が認め、父母が認めることのできる大宇宙の中で生まれ、その中で生き、その中で愛し、その中で死んでいくことが人生の目的だと見るのです。

人生最高の目的

 人間は何を目的にしなければなりませんか?個人を目的とするよりも、家庭を目的とするよりも、団体を目的とするよりも、国を目的とするよりも、世界を目的とするよりも、天地を目的とするよりも、神様を中心として、神様と人間が一つになった目的に向かって進まなければならないのです。

 では、どの目的が最後に残るでしょうか?個人を中心とするものは流れていき、家庭を中心とするものも流れていき、自分の団体を中心とするものも流れていき、国を中心とするものも流れていき、世界を中心とするものも流れていくのです。しかし、最後まで残れる一つの目的があるとすれば、それは神様と人が合同で追求する目的です。そのような目的だけが人類歴史の最後まで残ることができるのです。

 皆さんの心が最後に落ち着く終着点はどこですか?神様を見つけて自分のものにしたとしても、そこに皆さんの心は安息しようとはしません。では、皆さんの心の最後の終着点はどこですか?神様を占領し、神様の愛を占領するところです。ですから、皆さんが神様の愛を占領できなければ、万事がだめになります。

 人生の最後の目的は何でしょうか?ここでは神様を中心として天の中心となるその方出会うことが問題なのではありません。その方とともに生活することが問題になります。

 その方とどんなところで出会うか、どんなところで生活するかというのが問題です。その方とは中心で出会い、中心で生活するというわけですが、その中心となる場というのは神様の愛の場です。

 ですから、人類の良心が志向する最高の目標は、天運に従って神様と一つになり、神様の愛を自分のものにすることです。結論はそれです。

 人間が最後に到達したいと願うのは何でしょうか?最高の方の愛の相対者となることです。この最高の方がだれかといえば、私たちの父であると同時に神様なのです。

【二世の道p212より抜粋】

Category: み言の学校