Subscribe via RSS Feed

祈祷

み名があがめられますように亨進様祈祷写真加工済み

 マタイによる福音書の第六章を思い起こしてみましょう。そこでイエス様は弟子たちに「どのように祈るのか」ということをお教えくださいました。

 イエス様は、宗教者のように見せかける偽善者であってはならないと言われ、多くの人々の前で、大通りで、大きな声で、長い長いお祈りをする、そういうお祈りの仕方はいけないとおっしゃいました。

 小さな部屋に入り、戸を閉めて、自分の父親に語りかけるように祈るべきであるというのです。“孝”ということです。親子の関係です。父子の関係の中で祈りが出てくるのです。そしてこのように祈りなさいと言われました。「天にいますわれらの父よ、み名があがめられますように」

 神様のみ名を皆さんの胸の中に、何よりも先にとどめておくべきだという話です。もともと人々が祈るときには、個人祈祷です。しかしイエス様は、どんなときも、まず初めに神様を賛美せよと言われます。神様の偉大さを証し、神様の全能を賛美し、神様の聖なる名前を唱えよと。普通とは逆なのです。

 皆さんが祈祷生活をしながら、なぜ神様は私の祈りを聞き届けられないのか、このような疑問を持つとすれば、では自分はどのようにお祈りしているのかと問い直すべきです。祈祷するたびごとに、口を開くときごとに、個人の祈祷から始めるのか、自分の国のことを祈るのか、それとも神様の賛美から始めるのか―。

まず神のために祈る

 もともと私たちがお祈りするときによく出てくるのは、私の願い、私の愛、私の幸せです。私の富、私の喜び、私の幸福、このようなものを先立てます。世界のほとんどの人たちはそのようにお祈りします。イエス様は、それは祈りの本質ではないとおっしゃるのです。「神様の国、神様のみ旨、神様の願いが、天で成されるように、地でも成し遂げられますように」。まず神様を賛美して、神様の国のため、神様のみ旨成就のために祈らなければならないと、このように教えておられるのです。

 韓国も昨年、一年の間に二回、北朝鮮によって大きな危機に直面しました。まず、哨戒艦“天安”を沈没させられ、46人が死にました。次に延平島に砲撃を加えられました。これはほとんど戦争の直前、戦争状態ですね。ある一瞬に、北朝鮮が決定だけ下せば、ソウルを攻撃することができました。一触即発の危機にあったわけです。

 そのような状況下で、お父様が「麗水で精誠をささげなさい」とおっしゃって、私は麗水に行きました。私はそこで食口のかたがたに、「韓国が安全になるように、韓国が今後も繁栄を続けるようにお祈りしましょう」とは言いませんでした。それは、私たちが願っていることにすぎません。私たちの願望なのです。「この国を助けてください、この国を生かしてください」、そのような個人祈祷をする時間ではないのです。先に祈るべきは、神様の偉大さ、神様がすべてを主管されるということです。

主を受け入れること

 私は韓国の食口の方々に次のように言いました。「韓国、世界の地図から見ると、ピーナッツのような小さな国が、なぜ特別な神様の愛を受けなければいけないと思うのですか?

 もしイスラエルがすべての摂理を完成させていたならば、韓国が中心国家になることはありえなかったのです。中東のイスラエルが中心国家です。

 神様が選ばれた民族が、選ばれたからといって、全てのことが終わるわけではないのです。そこには責任が伴うのです。選ばれた民族には『主を受け入れる』という責任があるのです。戦争が起こりかけている状況の中で、私たちはただ単に南北統一のために祈るのではなく、『神様の国と神様のみ旨が成し遂げられますように』と祈らなければいけないのです。私たちが願うからそれを祈るのではないのです。神様の願いを祈らなければならないのです。

 このたび、日本でこのような事態(東日本大地震)が起こったために、多くの人々が改めて“生きる”ということを考えています。生死の問題、霊界のことに対して、再び考えている人が大勢いるはずです。日本が責任を果たせなかったから地震が起こった、というようなことを言ってはなりません。日本の食口の皆さんの精誠が不足して、このような災害が起こったということを言わないでください。日本の食口の方々の精誠と信仰に大きな拍手をお願いします。

 【TODAY’S WORLD JAPAN 3月号より抜粋・編集】

Category: み言の学校