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復活からのはじまり

 

主の降誕のできごと園の墓(20100820)

 12月を迎えて、世界中のキリスト教会ではイエス・キリストのご降誕を準備し、クリスマスを祝う期間となりました。日本もこの時ばかりはキリスト教国にでもなったかのようです。店はクリスマスのデコレーションで飾られ、家々も近頃は電飾に彩られています。華やかなお祝いムードが町中にあふれて、年末のひと時みな浮かれているように見えます。

 ところが、キリスト教の歴史を振り返ってみると、ローマ帝国でキリスト教が公認される四世紀に入るまでは、イエス様の誕生日ということに人はあまり関心を払っていません。

 福音書に記された降誕の物語は、貧しきうまやでお生まれになった救い主の謙虚な姿を示したものだといわれることもあります。み使いたちのお告げがあり、夢の知らせがありで、奇跡的なできごとであると信徒たちからは畏敬の念をもって受け取られます。しかし、実際のところ、注意深く見てみると、貴い神のひとり子の誕生という驚くべきできごとの実際は、あまりにも悲惨な状況にあったことがうかがえます。臨月になっての長旅、宿も決まっておらず、出産に相応しい安全できれいな環境はどこにもありません。神様にとっては、四千年準備して待ちに待った喜ばしい一日であったのに、このような形で迎えなければならなかったかと思うと、あまり触れてほしくなかったのかもしれません。

 幸いにも初代教会のキリスト教徒にとっては、イエス様の死と復活のできごとがあまりにも衝撃的であったし、それに続く聖霊降臨の体験は、他に比べようもないことでしたので、むしろそこに重点を置きました。また、その体験からそれまでのできごとも見直していくことになります。実際、十二弟子たちも、この体験を通してはじめて、これまで一緒に生活してきたイエス様がメシヤであると確信することになったのですから。従って、いずれの福音書も、イエス様の受難と死の記述に続いて、主の復活の証言をもって巻物を締めくくります。

空の墓

 「安息日が終わって、週の初めの日の明け方に」(マタイ28・1)そのできごとは起こりました。ユダヤ教の暦では、安息日は一週間の七日目になります。安息日が明けると、第一日、第二日と数えていきます。安息日は西洋暦では土曜日に当たりますから、週の初めの日が日曜日になります。

 十字架の下でイエス様の死に立ち会った婦人たちは、主の亡骸を自分の胸に抱いて、大声で泣き叫んだことでしょう。何日も泣き続けていたかったけれども、日没になると安息日が始まるので、そんな余裕もなく、急いで遺体を墓穴に運び、仮に葬りました。
もう一度丁寧に油を塗り亜麻布に包み直して差し上げたいと考えた婦人たちは、安息日が明けた朝早く墓所に向かいました。岩をくりぬいただけの墓穴は、大きな石で塞がれています。か弱い婦人たちだけでは、その石を動かすことはできないのに、イエス様を慕う婦人たちは居ても立ってもいられず出かけてみたのです。

 ところが墓についてみると石はすでに転がされていたので、あわてて中に入ると墓は空っぽでした。彼女たちを待ち受けていたみ使いが彼女たちにこう告げました。「イエスはよみがえって、ここにはおられない。」(マルコ16・6)

 婦人たちはたいそう驚いたことでしょう。にわかには信じられなかったようです。でも、何かとても喜ばしいことに思えてきたので、弟子たちに知らせました。

復活からのはじまり

 もう一つの証言が続きます。墓に行ったマグダラのマリアは外に立って泣いていました。イエス様をとても愛していたので、遺体も見えなくなり悲しくて仕方がなかったのです。すると、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と声をかける人がいました。それはイエス様だったのですが、マリアは気がつかないので声をかけます。「マリアよ」。振り返ったマリアは「ラボニ(先生)」と呼びかけます。イエス様は、これから父の御許にいくのだと告げるのでした。(ヨハネ20・11-18)

 新しい摂理のうねりはまだ始まったばかりです。イエス様は復活されました。サタンが最大の実権行使に出てイエス様の肉体を奪っていきました。しかし、イエス様は絶対信仰、絶対愛、絶対服従を貫き、たとえ肉体を奪われても、その魂はサタンが決して触れることのできない、神様のものであることを示されたので、神様も実権行使して、イエス様を高く挙げられたのです。
弟子たちを再び取り戻す四十日期間の始まりです。公生涯の三年間でなし得なかったことを、この四十日でやろうとするのです。

Category: 誌面説教