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イエス様の祈り

 

山で祈るイエス様

 「(イエスは)群集を解散させてから、祈るためひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた」(マタイ14・23)

 ガリラヤ湖畔の町カペナウム。ペテロの出身地であり、イエス様の宣教の拠点となった町です。後ろには丘陵地帯が広がっています。ユダヤの会堂に自由に出入りできなくなったイエス様は、このあたりの野に、集まってきた群集を座らせてみ言を語っていたようです。時には空腹になった人々にパンと魚を分け与えています。奇跡を求め、癒しを求め、食べ物を求めて様々な人々が群がってきました。準備された人々が従って来ない今、イエス様はこのような人たちに愛を投入されるのです。

 こうした忙しい活動のさなかにも、しばしば群集を離れ、弟子たちをも遠ざけて一人山で祈られました。イエス様にとって最も大切な時間だったことでしょう。なぜなら天の父との語らいの時は、自らは悲惨な道を歩まれながらも、それを見つめる神様の心情を思い、神様を慰労する時間であったからです。

 「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい」(マタイ6・6)

 イエス様にとって一人祈る時間は、誰も介入することのできない、神様との親子水入らずの時間であり、それが命の泉、力の源でもありました。

 「お父様が安息することができ、すべての嘆息を忘れて、喜びの一瞬を迎え、互いに抱き合い、『わがお父様、わが息子』と呼ぶことのできるその瞬間が慕わしいものでございます」(『父の祈り⑥ 孝心編』より「本然の心情を通して命令してください」)

 これは、真の父母様が1959年3月に祈られた祈りの一節ですが、神のひとり子としてこの世に来られながら孤独な道を行かれたイエス様も、同じ心境で祈ることが多かったことでしょう。人に見せることもできない、見られることもできない領域でのイエス様の祈りの時がありました。

 カペナウムから山に登り、眼下にガリラヤ湖を見下ろしながら、そこで祈ってみると、イエス様の孤独な心情がひしひしと伝わってくるのです。

イエス様の最後の祈り

 日頃は密かに祈られたイエス様でしたが、ヨハネ福音書に戻ってみると、最後の晩餐のときには、弟子たちを前に長い祈りを捧げています。

 エルサレム旧市街地の南西はシオンの丘と呼ばれ、イエス様時代、多くの祭司たちが住んでいた地域です。この一角に、ダビデ王の墓があり、その裏の二階の部屋が最後の晩餐の部屋だといわれます。

 弟子たちを前にパンを裂き、ブドウ酒を与えたイエス様が座っておられた辺りに、エッサイの若枝を模したモニュメントがあります。この場所で迎えた最後の夜、イエス様は、深刻な時を過ごされました。語り残すべきことを語り、普段は聞かせることのなかった深刻な祈りを捧げているのです。

 「イエスは天を見あげて言われた、『父よ、時がきました』」(ヨハネ17・1)

 イエス様は「父よ」と呼びかけて祈ります。本当はもっと慕わしく切々とした心情で「アッバ(お父さん)」と呼びかけていました。その呼びかけが他のユダヤ人と決定的に違っていました。「主よ」と呼ぶことしか許されなかったユダヤ人たちの中でただ一人、神様を「お父さん」と呼びかけるのですから。

 「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります」(同17・3)とみ旨の核心を述べながら、「わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜ったみ名によって彼らを守って下さい。それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります」(同17・11)と願います。サタンの最大の試練である十字架の道を越えていかなければならなくても、決して天の父との父子関係を破壊されることなく保ちながら、しかも、地上に残された弟子たちとの因縁を保ち、再び地上で役事することができる手がかりを残しておきたいとの決意がうかがえます。

 「あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、彼らをお愛しになったことを、世が知るためであります。」(同17・21、23)

 親子が一つとなったところに見えない神様の愛が流れてくることを人々が知るようになることを切実に願いながら、十字架の道、一死復活の道へと乗り出していくイエス様でした。

Category: 誌面説教