Subscribe via RSS Feed

会堂を追われ僕の如く歩まれるイエス様

 

僕の如く歩まれたイエス様

 私たちはイエス様が神のひとり子であり、救い主メシヤとして2000年前に天の父より遣わされた方であることを知っています。また、内的には真の父母として人類を愛するために、外的には王の王として地上を治めるために来られた方であることを知っています。

 しかし、福音書に記されたイエス様の姿には、父母の尊厳、王の王たる威厳も現れていないのです。いかにその価値を持ち、使命を抱いていたとしても、時が満ち、その基台が整わなければ、明らかにすることのできない哀れなイエス様でした。

 公の場で説教をしたとしても、比喩とたとえでしか語ることのできなかったイエス様は、ぼろをまとい自らの本来の姿も隠して、僕の如く歩まなければならなかったのです。

 ある日、らい病を患っている人がきよめてほしいと願った時、イエス様は彼に手を差し伸べて「きよくなれ」と命じ、癒します。喜び踊るその人に、「だれにも話さないように注意しなさい」と釘を刺します。(マタイ8・1-4)

 また、「どこにでも従ってまいります」と申し出た一人の律法学者にイエス様はこう言います。「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある、しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイ8・20)12弟子たちを集め、ガリラヤ地方の町を巡りながら人々を癒し、教え諭されたイエス様がある時語られた一言を弟子たちは覚えていたのでしょう。主の尊いみことばとして書きとめたとしても、その時のイエス様の心情をどれほど理解していたでしょうか。

イエス様の心によみがえる預言者たち

 公生涯の初めイエス様はユダヤ教の会堂に入って教えを説いていますが、ある安息日に故郷ナザレの会堂で聖書を朗読し、説教された時、その激しい言葉に人々は驚き怪しみ、遂には、追い出して殺そうとまでしました。

 その時イエス様の心には、イスラエル、ユダの国に遣わされた神の預言者たちの姿が浮かんでいたことでしょう。多くの預言者は、神様の召命を受け、神様の語れといわれるみことばを語ろうとしたために、故郷から追われ、多くの苦難をその身に受けてきたのです。アハブ王の時代、イスラエルに登場した預言者エリヤは、偶像崇拝に走る王に、三年間の飢饉がこの国を襲うだろうという預言を告げたために、王から身を隠さなければなりませんでした。再び、現れて、カルメル山でバアルの預言者らと対決し、彼らを殺した時、怒りを覚えた女王イゼベルに命を狙われ、神の山ホレブに逃れざるをえませんでした。(列王記上17・1~19・18)

エレミヤはユダ国に襲いかかる災いと人々の悔い改めを呼びかけましたが受け入れられず、遂には滅亡を告げなければならなかったために、偽預言者呼ばわりされ、人々から非難され、内外の苦痛を味わいました。(エレミヤ書)

 イエス様は、神様から呼ばれたために、祝福よりも苦難を背負い、人類の苦悩、民の悲劇を心に抱えて悲しみを味わったこれらの預言者を思い起こす時、メシヤを迎えるために苦労した先人たちに憐れみを感じ、彼らを選んだ天の父なる神様の心情にも思いを馳せていたことでしょう。しかし、実のところはイエス様の方が彼ら以上に悲惨なものだったのです。

会堂を追われたイエス様の悲劇

 ユダヤの会堂は、イエス様がお生まれになった頃には、イスラエル全土は言うに及ばず、ローマ帝国の東から西まで、さらにはペルシャ全土に点在していました。ユダヤ人たちが住み着いたいたる所に存在していたのです。安息日になると、ユダヤ人はコミュニティーの中心にある会堂に集まり、彼らの生命であり、王のごとくに大切にしていたトーラー(聖書の律法)のみことばを読み、味わい、人生の糧となす伝統を立てながら、メシヤが来られるのを待ち続けてきたのです。会堂の主人は、本来みことばの実体であるメシヤですから、イエス様が来られた時には、世界中のどの会堂にでも自由に出入りし、寝泊まりしながら、好きなだけみことばを語ることのできる環境が整えられていたともいえるのです。

 ところが、神様がメシヤのために世界中に準備した会堂の門は閉ざされ、主人であるはずのイエス様は、入ることを許されず、み言を語るにふさわしく整えられた場所がすべて奪われてしまったのです。行く場を失ってしまって野山をさまよいながら、どんなに恨めしく思ったとしても、神様の心情を思えば、嘆くこともできないイエス様だったことでしょう。

Category: 誌面説教