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たとえ話に込められた悲しきイエス様の心情

 

ぶどう園の農夫のたとえブドウ園の農婦イラスト

 祭司長や律法者を前にして語られるイエス様のたとえ話は、時に強烈な皮肉を含んで、身震いを起こさせるほど恐ろしい内容を語っていることがあります。それは、彼らが「見ても見えず、聞いても悟られないため」(ルカ8・10)だったからです。

 イエス様が語った「ぶどう園の農夫」の話とは次のようなものです。(マタイ21・33-46、マルコ12・1-12、ルカ9・9-19)

 ある所にぶどう園を造り、農夫に貸して旅に出た主人がいました。収穫の季節がきたので、下僕を農夫のところに送りますが、農夫はこれを追い出してしまい、さらに下僕を送ると今度も袋叩きにして殺してしまいました。息子なら敬ってくれだろうと遣わすしますが、農夫たちは、この跡取りさえいなくなればぶどう園は自分たちのものだと考え、彼を殺してしまったのです。

 「主人が帰ってきたらこの農夫たちをどうするだろうか」と問いかけて、イエス様は話を結びます。

 「悪人どもを、皆殺しにして、季節ごとに収穫を収めるほかの農夫たちに、そのぶどう園を貸し与えるでしょう」と答える律法学者たちに、「神の国はあなたがたから取り上げられて、み国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう」と警告されるイエス様でした。

 この言葉に自分たちのことを指しているのだと悟ったユダヤ教の指導者たちは、一層敵意を燃やします。

たとえ話を語るイエス様の事情

 イエス様を目の前に見ながらも、その方の価値も心情も理解できない人間にとっては、イエス様の語る言葉はいかにも傲慢で許しがたいものに聞こえます。しかし、イエス様の事情や抱えておられた心情を推し量ると、たとえ話の意味も大きく違って見えてきます。わたしたちができることは、神様の心情の反映としてイエス様の言葉と行いをとらえその心情に相対することです。

 神のひとり子として地上に生まれ、神様の創造理想を復帰すべき摂理歴史の最後の時に、その目的を完結すべきメシヤとして来られた方でした。この方を迎えるために選ばれた選民は、長き歴史の紆余曲折を経ながら、この方を迎えるために準備してきたのであり、そのことがユダヤ教の生き延びてきた意味でした。しかし、イエス様が来られた時に、その方の価値を知ることもできず、そこにすべての希望を見出すこともできなかったので、イエス様ご自身が4000年の歴史を蕩減する苦労の生涯路程を歩まれました。30年の準備と3年の公生涯路程の最後の段階で、12弟子たちと共にエルサレムにのぼり、ユダヤ教の指導者たちと向かい合うときに出てきたことばが、ぶどう園の農夫のたとえのような内容でした。

 本当は最も理解し合いたい相手、最も信頼して手を携えて、完成の最終段階へと踏み出したい相手がユダヤ教の指導者たちでしたが、この時になっても、神様の摂理的事情と選民を見つめてきた神様の心情をあからさまに語ることのできないイエス様でした。

ユダヤ教の悲劇と神様の悲しみ

 ユダヤ教の悲劇は、自らを通して全世界的な救いをもたらすために神様が苦労して準備して下さったすべての土台を自らの手で無残にも破壊してしまったことであり、さらに、ことの重大性にも気づいていないところにあります。

 イスラエルの人々は多くの苦労を重ねながらユダヤ教を改革し、国を求めメシヤ王を地上に迎える準備をしてきました。バビロン捕囚から帰還してからそれが本格化します。

 また、イエス様を迎える準備は、神様によってより広く大きな広がりをもって進められていました。東方では紀元前の8世紀頃から代表的な世界宗教の伝統が芽生え、発展していきます。内的な世界、人間の精神世界を深く探求し、内的真理の探究を推し進めています。西方では、同じ頃にローマの丘に都市国家が生まれ、勢力を拡大しながら、やがて一大帝国に発展します。建築技術、交通通信網の整備、法制度の整備などに長け、帝国内の人々が平和に暮らせるインフラ整備がなされていきます。東西が大きく発展したその時、その交差点にイエス様が誕生したのです。

 イエス様の誕生に至る全歴史は、この日のための神様の苦労の歴史であり、創造目的を果たすための同伴者として大きな使命を担って歩いてきた選民であったということを彼らが少しでも理解していたなら、「栄光の主を十字架につけはしなかった」(一コリント2・8)でしょう。

Category: 誌面説教